滝沢の手が頭の上から離れた。
やっぱり、私はこんな言い方しかできない。
あの日からずっとそうだ。
滝沢のことを好きだと気づいてしまってから…
じゃあ、と軽く手を挙げて部室に帰って行った。
こういうことをさらっと言うもんだから、初めは、軽い男なのかもしれないと思っていた。
でも、実際はそうじゃなかった。
言葉はきついし、いわゆるクールみたいなところもあるけど、誰よりも優しいこと。
練習も、授業もダラダラしてるけど、実は陰で努力してることも知ってる。
ゆっくり歩いていく滝沢の背中は、あのときより、広くて、逞しくて、男らしくなっていた。
なんだか、きゅっと、胸が締め付けられた。
手洗い場の向かいの教室は、私が滝沢を好きになった場所だ。
今でもまだ、思い出しては、
泣きそうになって、
それから、幸せを感じて微笑む。
1年の時、私はパートのメンバーと大喧嘩をした。
私だけが1人になって、教室に取り残された。
理由は忘れてしまったけど、滝沢はたまたま私がいた教室に入ってきた。
泣いてる私に何も言わず、ただずっと、そばにいてくれた。
それから、気づけば目で追っていた。
2年経った、今でも────
後ろから斗真がやってきた。
背が高い斗真の声はいつも私の頭の上から降ってくる。
まだ私は斗真を振り向けない。
だって、きっとまだ顔が赤いから。
滝沢に触れられた頭がツンとした。
そう言って斗真は私の正面にまわって笑った。
私には斗真のこの言葉の意味が分かる。
斗真は、私のことが好きなんだ、きっと。
友達として、じゃなく。
直接言われたわけじゃない。
でも、私は勘が働く方だ。
斗真と過ごす時間が増えるにつれ、予想から確信になってゆく。
でも…
私は、滝沢が好きだ。
決して振り向いてくれなくても…
ずっと。
そして私は、今日も
斗真の気持ちに気付かないフリをする────
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。