引退間近になったある日の帰り際、つぼみちゃんは私を呼び止めて、そう告げた。
誰を、とは言わなかった。
首を横に振れば楽なはずなのに、
体が言う事を聞かなかった。
足が、震えた。
優しい声でこの言葉を言うものだから
余計に心臓の音が大きく、早くなっていく。
つぼみちゃんはとっくに私に背を向けたのに
私の足は帰り道に向かなかった。
まだ季節は秋なのに、背中が冷えていった。
滝沢がちらっと横を見た。
きっと、つぼみちゃんの背中は視界に入っただろう。
言おうと思って言った言葉じゃない。
自然と、勝手に言葉が口から走るように出てきた。
こんな話をするのは、初めてだ。
一体どんな顔をするものかと見上げてみれば、
予想に反する顔をしていた。
いつも無表情なのに、顔を赤くして、そっぽを向いた。
意外すぎて言葉が出なかった。
無性に距離が近づいた気がして、嬉しくなった。
思いっきり、自然に笑えてしまった。
滝沢も、笑った。
滝沢に背中を向けて歩き出した。
何歩か歩いて足を止めた。
振り返ると、まだ滝沢がいた。
彼は顔の横で1度だけ手の平を広げてから後ろを向いて歩き出した。
いつもの帰り道が明るく見えた。
胸の内がぎゅっとすぼまって苦しかったけど、泣きそうなくらいうれしかった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。