体育館に向かう途中の廊下で滝沢を見つけた。
どうやら一人でいるようだった。
あ、まだだった、のか…
今から、ってことだよね?
ふーん、と興味のないふりをして譜面台に乗った楽譜に目を落とした。
低音の伴奏がない滝沢のソロのところについた休符が歪んで見えた。
頑張って、は違う気がした。
もうあとは出し切るしかないだろうと思うから。
滝沢は声を出して笑った。
笑ったときに口角が下がるのは滝沢の癖だ。
その癖はきっと、女子では私しか、知らない。
ううん、そうであってほしい。
話すことがなくなって沈黙が訪れた。
いや、話したいことは沢山あるけれど、言葉が出なかった。
でも、滝沢から離れたくない、と思ってしまった。
つぼみちゃんにも、滝沢にも悪いことをしてしまったと、あとになって思った。
ふと時計を見ると開演まであと10分もなかった。
滝沢は、は?、という顔になった。
きっと、これから自分がつぼみちゃんに何を言われるか、想像もついていないんだろう。
そろそろ、私が行かなくちゃ。
つぼみちゃんの気持ちを私が踏みにじる訳にはいかない。
黙って背を向けた。
顔だけ振り返った。
滝沢は 耳の裏をかいて、眉を下げて笑った。
胸がカッと熱くなった。
きっと顔も真っ赤だろう。
こんな顔見られたらバレてしまう。
でも、まあ、いいよね。
息を吸った。
滝沢、
名前を呼ぶと、彼が顔を上げた。
滝沢の言葉に笑顔を向けて、振り返って歩き出した。
後ろからつぼみちゃんの声が聞こえた気がしたけど、振り返らなかった。
私の中で、覚悟はもう、決まった。
文化祭、吹奏楽部によるステージの開演です!
マイクのエコーがやけに耳に残って、少し、うっとおしかった。
顧問の先生が指揮台に上り、私たち全員の顔を見回した。
指揮棒が振りあがった。
全員揃って、息を吸う。
1曲目は明るいハーモニーから始まった。
曲が終わるごとに先生は満足気な笑みを浮かべて、礼をした。
それを見て、泣き始める人も、いた。
そしていよいよ、滝沢のソロの曲の順番が来た。
つぼみちゃんが滝沢の隣に座った。
その瞬間、滝沢と目が合った。
滝沢の口が動いた。
絶対あれは、私に言った。
見てろよ、と。
さっきは、聞いてろ、と言ったくせに────
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。