第2話

プロローグ
2,471
2018/12/17 05:06
春風にあおられ、雪のように舞いあがる桜の花びら。
その一枚がひらひらとスマホの画面に落ちてきた。
やわらかな、みずみずしいピンク色。
それをつまんで、朝の陽ざしにかざしてみる。
ピンクの向こうは、ほのかに透けた「天王寺学園」の古いアーチ門。
きらきら美しい光景に、私はカメラアプリを起動して、風にはためく花びらを三秒の短い動画におさめる。
校門の陰に身を寄せてから画面をちゃちゃっとスライド。
画像フォルダには、メイクも髪も盛り盛りのキラキラ女子を、あのポーズこのポーズ、あらゆる角度から撮影した写真と動画がびっしりだ。
アイドルさながらの、この自撮りデータの数々。
ぜんぶ朝の四時からウチで撮ってきたヤツだ。
私はその中から特に映りがイイのをいくつか選んで、さらには、登校途中に出会った猫や、コンクリートから顔を出したタンポポ、青空を横切る飛行機雲の動画を続けてタップ。
さっきの桜のデータもいっしょに、ぽぽんっと編集アプリにつっこむ。
趣味がきわまって、内職バイトにもなってる動画づくり。ようやく納品が終わったとこなのに、桜の花なんて見ちゃうと、またウズウズしてきてしまう。
ホントはパソコンで編集したいけど、今は時間もないし、とりあえずこんなかんじかな。
コメントは「新生活スタート♡ ♯入寮式 ♯今日からJK ♯がんばるぞ」で。
TEMA
よしっ
かけ声と共に、ファンスタにUPだ。
ファンスタって、写真や動画を投稿する世界的に人気のSNSで、私、すっかりハマってるんだ。
するとすぐさま「いいね!」やコメントがつきはじめた。
──TEMAちゃん今日もさわやか! さすが、すてきな動画~♡
──いいなー! TEMAと同じ高校行きた~い!
私は画面にウフフとほくそえむ。
そのひそやかな笑い声を聞き取ったのか、校門を通り過ぎる男子生徒がこっちをふりむいた。青のネクタイ。三年生だ。

暖かな風がザッと音を立てて通り抜け、彼と、私の髪をふき流す。

私たちは、永遠に時が止まったかのように見つめ合う。そしてこれから始まる新しい恋の予感に胸をときめかせ──。

なんてことは、なく。

彼の視線は空気をなぞるようにそのまま通りすぎ、私は携帯に目を落とす。
暗転してた待ち受け画面に、私の顔が映りこんだ。
TEMA
ウッ
はからずも直視しちゃった現実に、思わずうめく。
銀フレームの地味なメガネ。さびしげに下を向いた眉に、うっすいマツゲ。カラコンも入れてない目は、せめて男子だったらよかったのにっていうサッパリ仕立て。
自撮り写真とは似ても似つかぬ、平凡な、地味な、むしろ空気な顔。
ファンスタでフォロワー一万超えの自撮り女子中学生、じゃないや、今日から女子高生の「TEMA」と私が同一人物だなんて、この場のだれも気づくまい。
あれは私の詐欺メイクテクで作り上げた、いわば「架空」の私なのだから。
ホントは今日、高校デビュー的にTEMAのかっこうで登校することも考えたんだけど、盛りまくったTEMAのキャラと本来の自分の落差が激しすぎて、寮生活で二十四時間、演じきれる自信がなかったんだ。
あっちは夢の世界、こっちはリアルな世界。そうきっちり住み分けておくことが、夢を見続けるためには大切だ。

「入寮手続きの最後尾はこちらでーす!」
係のセンパイが、看板をかかげて手をふってる。
「ねぇ、SSのみなさん、まだ来ないわね」
「男子寮のほう、のぞいてみましょうよ!」
きゃっきゃと楽しげな笑い声をあげながら、センパイたちが通りすぎていく。
さて、私もそろそろ現実にもどらなきゃ。
息をついて、ファンスタの画面を消そうと指をすべらす。
と、その瞬間、携帯がブルッとふるえた。
青リンゴ
オールオッケーだよ、おつかれ~、TEMAちゃん
内職バイトの依頼人「青リンゴさん」からの、提出物OKの連絡だ。
よかった、連日寝ずに働いたかいがあったよ。これでお父さんたちにも仕送りできるし、しばらく携帯料金の心配せずに済みそうだ。
新生活初日、幸先のいいスタートだな。
ほくほくしつつ、携帯を制服のジャケットにしまう。
──が。私の平穏は、今日を限りにおしまい。
そう気づかされるまでには、あと十分とかからなかったのです。

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