第2話

居眠り王子
5,619
2018/10/09 09:02
窓の外は雲が空を覆っていて教室が少し暗い。
放課後の教室には掃除当番の私と上嶋くんだけ。でも、上嶋くんは。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
すぅ……
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ちょっと、起きて!
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
ぐぅ……
九井原 夕莉
九井原 夕莉
おーきーてー!
相も変わらず見事な眠りっぷりを見せ、いくら揺すっても起きない。健やかな横顔が妬ましいくらいだ。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
はあ……
私はわざとらしくため息を吐く。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(流石に一人で掃除当番はキツイ……)
上嶋くんは机に伏せたまま寝息を立てている。
黒髪の間から白いうなじが見える。日に焼けてない透明な肌からは甘い匂いを感じた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(ちょっとだけ……味見したいな)
ゆっくりと無防備な上嶋くんの首筋に顔を近づける。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(噛んだら流石に起きるし、なめるくらいなら……)
瞬間、上嶋くんが急に上体を上げた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ふごっ
私の顔面は上嶋くんの後頭部に強打。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
ふぁ~~~~あ……
九井原 夕莉
九井原 夕莉
痛ぁ……
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
ん……アンタ
私がぶつけた鼻をさすっていても、上嶋くんはあくびをしながら伸びをしている。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ちょっと……! 急に起き上がらな……
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……いつも俺のこと、見てる奴だよな
黒い瞳が私をまっすぐ見つめてきて、ドキッとする。何度か目の合った、あの甘そうなつやのある目。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
見てるというか……その
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
俺が、イケメンだから?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……へっ?
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
九井原夕莉、イケメンに目がなくてその話題ばかりしてる奴
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……はい?
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
それから昼休みにレモン牛乳しか飲まない
上嶋くんは立ち上がって、じっくりと観察するように目を細めて私を見下ろす。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
なあ、食人鬼って知ってる?
どきりと、心臓が鼓動を打つ。
ポツポツと水の粒が窓を叩く音がして、窓の外に雨が一気に降り出した。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
きゃ……!
上嶋くんが急に抱きついてきて、体重が私の体にかかる。上嶋くんの息が耳をくすぐった。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(何――――)
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
…………ぐぅ、すぅ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……え?
耳元から聞こえる彼の穏やかな寝息。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ちょ、ちょっとなんで寝るの? このタイミングで?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……まったく、なんなんだコイツ
上嶋くんをゆっくりと元の席に座らせる。細身の割には結構重いから、実は筋肉があるのかもしれない。
上嶋くんの顔を覗き込んでみると、目の下には薄っすらとくまがあった。 
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(夜にあんまり寝れてないのかな……)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……はぁ、仕方ないなぁ
私はロッカーから箒を取り出して、上嶋くんを起こさないように掃除を始めた。













最後にチョークを補充して一通り掃除が終わったとき、上嶋くんが目を覚ました。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
ふぁ…………
九井原 夕莉
九井原 夕莉
あ、やっと起きた
上嶋くんは目を擦りながら私に焦点を合わせるとバツが悪そうになった。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……そういえば掃除当番
九井原 夕莉
九井原 夕莉
もーさっき終わりました! あと、それ
私は上嶋くんの机の上を指差す。上嶋くんは側にあるコーヒー缶に気がついた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
それで目を覚してなんとか帰りなよ。雨も降ってるし、私が送ってくわけにもいかないんだから……てか、私傘忘れちゃったから走って帰らないとだし
上嶋くんは不思議そうな顔をしてコーヒー缶を手に取った。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……冷めてる、ぬるい
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くんが早く起きないからでしょ! 不服そうな顔するな
私がぶっきらぼうに言うと、上嶋くんは吹き出すように笑った。

少年っぽい、柔らかくて気の抜けた笑顔。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……ありがと
冷たい石膏みたいに眠った顔しか見たことないけど、こんな顔もできるんだ。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……変なこと言って悪かった。忘れて
上嶋くんはバックを肩に下げて教室を出ていく。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
今度はブラックじゃなくて微糖がいい
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ちょ……今度はないから!
上嶋くんはまた子供っぽい笑みを零して出て行く。
教室には顔に熱が上がっていく私だけが残された。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(まったく、自分勝手な奴)
私は廊下を蹴るように踏みしめながら行き場のないもやもやを発散する。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(そういえば傘忘れたんだった……雨の中濡れて帰らなくちゃいけないなんてホント最悪)
下駄箱に着いて、私はローファーを取り出そうとした。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
あ……
黒い大きめの傘が私の下駄箱にかかっていた。どう見ても男物の傘だ。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
……まさかね
黒い傘を差して昇降口を出た。傘にぽつぽつと雨粒がぶつかる。

湿った空気の中で、私の頬はなんだか熱っぽいままだった。

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