窓の外は雲が空を覆っていて教室が少し暗い。
放課後の教室には掃除当番の私と上嶋くんだけ。でも、上嶋くんは。
相も変わらず見事な眠りっぷりを見せ、いくら揺すっても起きない。健やかな横顔が妬ましいくらいだ。
私はわざとらしくため息を吐く。
上嶋くんは机に伏せたまま寝息を立てている。
黒髪の間から白いうなじが見える。日に焼けてない透明な肌からは甘い匂いを感じた。
ゆっくりと無防備な上嶋くんの首筋に顔を近づける。
瞬間、上嶋くんが急に上体を上げた。
私の顔面は上嶋くんの後頭部に強打。
私がぶつけた鼻をさすっていても、上嶋くんはあくびをしながら伸びをしている。
黒い瞳が私をまっすぐ見つめてきて、ドキッとする。何度か目の合った、あの甘そうなつやのある目。
上嶋くんは立ち上がって、じっくりと観察するように目を細めて私を見下ろす。
どきりと、心臓が鼓動を打つ。
ポツポツと水の粒が窓を叩く音がして、窓の外に雨が一気に降り出した。
上嶋くんが急に抱きついてきて、体重が私の体にかかる。上嶋くんの息が耳をくすぐった。
耳元から聞こえる彼の穏やかな寝息。
上嶋くんをゆっくりと元の席に座らせる。細身の割には結構重いから、実は筋肉があるのかもしれない。
上嶋くんの顔を覗き込んでみると、目の下には薄っすらとくまがあった。
私はロッカーから箒を取り出して、上嶋くんを起こさないように掃除を始めた。
最後にチョークを補充して一通り掃除が終わったとき、上嶋くんが目を覚ました。
上嶋くんは目を擦りながら私に焦点を合わせるとバツが悪そうになった。
私は上嶋くんの机の上を指差す。上嶋くんは側にあるコーヒー缶に気がついた。
上嶋くんは不思議そうな顔をしてコーヒー缶を手に取った。
私がぶっきらぼうに言うと、上嶋くんは吹き出すように笑った。
少年っぽい、柔らかくて気の抜けた笑顔。
冷たい石膏みたいに眠った顔しか見たことないけど、こんな顔もできるんだ。
上嶋くんはバックを肩に下げて教室を出ていく。
上嶋くんはまた子供っぽい笑みを零して出て行く。
教室には顔に熱が上がっていく私だけが残された。
私は廊下を蹴るように踏みしめながら行き場のないもやもやを発散する。
下駄箱に着いて、私はローファーを取り出そうとした。
黒い大きめの傘が私の下駄箱にかかっていた。どう見ても男物の傘だ。
黒い傘を差して昇降口を出た。傘にぽつぽつと雨粒がぶつかる。
湿った空気の中で、私の頬はなんだか熱っぽいままだった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!