第22話

抗えない
2,210
2019/02/27 07:11
九井原 夕莉
九井原 夕莉
あ…………あぁぁぁあああああああぁっぁぁぁぁあああっっ!!
耐えられない、熱い痛みが身を貫いた。
以前につけられた傷跡を無理やり開くように鋭い牙が肉を切り裂く。
ぐちゅり、と血肉が混じって溢れ出す。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――!)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
いやっ…………! いやああああああああああぁぁぁあああ!
目の前の景色がぐにゃりと歪んで、頭の中が真っ白になる。















           ぬ?













上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
ゆ……り…………!
尖った爪先が顎に触れてぴりっと痛みが走る。
三好 修吾
三好 修吾
さよなら、夕莉ちゃん
三好先輩の、壊れ物を愛おしむような囁きが聞こえた――
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(嫌――上嶋くん――)







死に、たくない――――
 






















もう一噛みで確実にやられると思ったその瞬間。
九井原 皐月
九井原 皐月
……残業しなくて正解だったわね
三好 修吾
三好 修吾
……ぐぅっ
予測した死に誘う痛みがやってこず、おそるおそる目を開けると――



スーツ姿の皐月ねえが三好先輩を取り押さえていた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
皐月ねえ!?
九井原 皐月
九井原 皐月
説明はあとでっ!
皐月ねえが三好先輩を思い切り放り投げた。無防備な姿勢で彼は地面に叩きつけられる。
九井原 皐月
九井原 皐月
夕莉っ大丈夫!?
心配そうに皐月ねえは私に駆け寄ってきた。
九井原 皐月
九井原 皐月
顔にも傷が……
しかし三好先輩がよろけながら立ち上がり、反撃の姿勢をとっていた――
三好 修吾
三好 修吾
ぐがっ……くっそォ!
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ダメ……皐月ねえっ!
三好先輩が後ろから皐月ねえに飛びかかろうとする――
三好 修吾
三好 修吾
馬鹿め! 後ろがガラ空き――
九井原 皐月
九井原 皐月
――ファンデをはたくより、遅い
三好 修吾
三好 修吾
なっ……?
九井原 皐月
九井原 皐月
よくも私のかわいい妹の顔を傷つけてくれたじゃない





皐月ねえはいつの間にか黒いバックを大きくふりかぶっていた――




九井原 皐月
九井原 皐月
顔は女の命なのよっ!
三好 修吾
三好 修吾
ぐああああああぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
まるで野球選手のように皐月ねえがバッグを勢いよく振ると、三好先輩の顔面に直撃した。


ドガン!
三好先輩の体は吹っ飛びゴミ山に直撃して派手な音がはじける。


ドシャアっと廃棄された電化製品が崩れ――


――静寂が訪れた。





手のひらをぱんぱんと叩きながら皐月ねえが私のところに戻ってくる。
九井原 皐月
九井原 皐月
ふう……夕莉、今治療するから
九井原 夕莉
九井原 夕莉
皐月ねぇ…………
じくりと、痛みとともに血が溢れる傷口を皐月ねえはタイトスカートをちぎった布地を巻いて塞いでくれる。それでも傷口は深く、じわりと黒い生地に赤みが滲んだ。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ひっ……! いたいぃ……
九井原 皐月
九井原 皐月
結構出血してるわね……大丈夫、死にはしないわよ。私達は丈夫なんだから
優しい言葉をかけながらてきぱきと応急処置をしていく。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
どうしてここが……
九井原 皐月
九井原 皐月
変な留守電が入ってたからね……顔の傷、残らなきゃいいけど
この山に向かう前――私は皐月ねえに電話をしようと思った。


留守電になってから勤務中であることを思い出し「何でもない、じゃあね」と言ったのだ。


これ以上誰かを巻き込んではいけないと思い直して――でも。
九井原 皐月
九井原 皐月
かわいい顔が台無しじゃない
九井原 夕莉
九井原 夕莉
さつきねぇ……
緊張の糸が切れ、涙が溢れて止まらなくなっていた。
そんな私を皐月ねえは抱きしめてくれる。


人間じゃないから体温は感じない――でも胸の奥が温かかった。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
九井原……だい、じょぶか?
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くんっ……!
ずるずると引きずるように上嶋くんは歩いてきた。倒れ込みそうなところを受け止める。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……悪い、助けにきたつもりが助けられた
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ううん、上嶋くんが来てくれて嬉しかった……
泣いたまま上嶋くんの胸に顔を埋める。


涙の熱と上嶋くんの体温が混じって、熱い。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
はは……さっきよりひどい顔だぞ。涙と鼻水でぐちゃぐちゃ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ううっ……! 上嶋くんで全部拭いてやるんだから……!
はは、気が抜けた笑い声が頭上から聞こえる。


上嶋くんは私を抱きしめて言った。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
いいよ、涙でも何でも全部受け入れてやる
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
よく、頑張ったな
愛おしくて、優しい、君の微笑み。



そんな眩しくて温かい好きな人の顔に、ただでさえ止まらない涙がもっと溢れてきた。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
やっぱり、上嶋くんのそういうところが好き
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……!? す……!?




ああ、今度こそ――全部終わったんだ。





上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
なあ、く……、夕莉。その……
上嶋くんは口ごもりながら、私に語りかける。


安心したら喉が乾いてきた。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
これからも、俺と――





からからするから、甘いもので満たしたい――































喰べたい。











九井原 夕莉
九井原 夕莉
……あっ?
ばっと上嶋くんの体から反射的に離れる。



がたがたと震えが止まらない体。




忘れていた、いや忘れたかったのに――
















――どうして、私の体は。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
夕莉……? どうしたんだ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
こっちに、こないで……
それでも上嶋くんは心配した表情で、私に近づいてきた――


どうしてダメなの?






こんなにも傍に居たいのに、あなたの体温を感じていたいのに。








好きだから、喰べたくなんてないよ。




















九井原 皐月
九井原 皐月
夕莉っ!
皐月ねえが私の体を引っ張って、何かを取り出したのが見えた――。

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