耐えられない、熱い痛みが身を貫いた。
以前につけられた傷跡を無理やり開くように鋭い牙が肉を切り裂く。
ぐちゅり、と血肉が混じって溢れ出す。
目の前の景色がぐにゃりと歪んで、頭の中が真っ白になる。
死
ぬ?
尖った爪先が顎に触れてぴりっと痛みが走る。
三好先輩の、壊れ物を愛おしむような囁きが聞こえた――
死に、たくない――――
もう一噛みで確実にやられると思ったその瞬間。
予測した死に誘う痛みがやってこず、おそるおそる目を開けると――
スーツ姿の皐月ねえが三好先輩を取り押さえていた。
皐月ねえが三好先輩を思い切り放り投げた。無防備な姿勢で彼は地面に叩きつけられる。
心配そうに皐月ねえは私に駆け寄ってきた。
しかし三好先輩がよろけながら立ち上がり、反撃の姿勢をとっていた――
三好先輩が後ろから皐月ねえに飛びかかろうとする――
皐月ねえはいつの間にか黒いバックを大きくふりかぶっていた――
まるで野球選手のように皐月ねえがバッグを勢いよく振ると、三好先輩の顔面に直撃した。
ドガン!
三好先輩の体は吹っ飛びゴミ山に直撃して派手な音がはじける。
ドシャアっと廃棄された電化製品が崩れ――
――静寂が訪れた。
手のひらをぱんぱんと叩きながら皐月ねえが私のところに戻ってくる。
じくりと、痛みとともに血が溢れる傷口を皐月ねえはタイトスカートをちぎった布地を巻いて塞いでくれる。それでも傷口は深く、じわりと黒い生地に赤みが滲んだ。
優しい言葉をかけながらてきぱきと応急処置をしていく。
この山に向かう前――私は皐月ねえに電話をしようと思った。
留守電になってから勤務中であることを思い出し「何でもない、じゃあね」と言ったのだ。
これ以上誰かを巻き込んではいけないと思い直して――でも。
緊張の糸が切れ、涙が溢れて止まらなくなっていた。
そんな私を皐月ねえは抱きしめてくれる。
人間じゃないから体温は感じない――でも胸の奥が温かかった。
ずるずると引きずるように上嶋くんは歩いてきた。倒れ込みそうなところを受け止める。
泣いたまま上嶋くんの胸に顔を埋める。
涙の熱と上嶋くんの体温が混じって、熱い。
はは、気が抜けた笑い声が頭上から聞こえる。
上嶋くんは私を抱きしめて言った。
愛おしくて、優しい、君の微笑み。
そんな眩しくて温かい好きな人の顔に、ただでさえ止まらない涙がもっと溢れてきた。
ああ、今度こそ――全部終わったんだ。
上嶋くんは口ごもりながら、私に語りかける。
安心したら喉が乾いてきた。
からからするから、甘いもので満たしたい――
喰べたい。
ばっと上嶋くんの体から反射的に離れる。
がたがたと震えが止まらない体。
忘れていた、いや忘れたかったのに――
――どうして、私の体は。
それでも上嶋くんは心配した表情で、私に近づいてきた――
どうしてダメなの?
こんなにも傍に居たいのに、あなたの体温を感じていたいのに。
好きだから、喰べたくなんてないよ。
皐月ねえが私の体を引っ張って、何かを取り出したのが見えた――。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!