依頼の猫を返した後、私は探偵事務所に寄ることになった。
応接間のソファに座っている私に上嶋くんは私にお茶を差し出してくれる。
食人鬼は基本的に人以外は食べない。理由は単純で美味しく感じないからだ。
ちょっとだけお茶に口をつける。
上嶋くんは向かいのソファにどかりと座って、一息ついた。制服のタイを緩ませて、リラックスしている。
聞くのが怖いけど、聞きたいことでもある。もしかしたら話してくれないかもしれない。
上嶋くんは気だるげに目を伏せて、長いまつ毛が並んだ瞼を上げた。
上嶋くんから小さく漏れた言葉。
彼を看病したときにも聞いた、誰かの名前に胸がドクンと音を立てる。
上嶋くんが俯いて、前髪で顔が見えなくなる。
ごくりと唾を飲み込んで、喉が鳴った。
私たちにとっては単純な摂食行動に過ぎない。人間はただの餌だ。
残された人がこんなに悲しんでいたなんて、考えもしなかった。
上嶋くんは相変わらず俯いたままだ。
放っておけなくなった私は席を立って、上嶋くんの側に近づく。
上嶋くんの体に触れようとした指先が強ばった。
――食人鬼の私に上嶋くんを慰める権利なんてあるの?
こんな冷たい体じゃ、寄り添って温めることもできない。
上嶋くんが膝の上で握った拳を震わせていた。
私は上嶋くんの前でじっと、側にいることしかできなかった。
目の前で好きな人が悲しんでいるのに、抱きしめても温度のないこの体に意味なんてあるのだろうか。
私の思いに反して、この肉体は血を求めて喉が乾く。肉を求めて内臓が叫ぶように収縮する。
――食人鬼になんて、生まれなければ良かった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!