第12話

近くて遠い
2,399
2018/12/25 09:02
依頼の猫を返した後、私は探偵事務所に寄ることになった。

上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
助かった。あの猫、よくいなくなるらしくてたまにうちに依頼が来るんだ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
上嶋くん、ゴンザレスって名前には疑問持たないんだ……
応接間のソファに座っている私に上嶋くんは私にお茶を差し出してくれる。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ありがとう
食人鬼は基本的に人以外は食べない。理由は単純で美味しく感じないからだ。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(レモン牛乳以外まともに飲めないけど……少しだけでも飲まないとおかしいよね)
ちょっとだけお茶に口をつける。
上嶋くんは向かいのソファにどかりと座って、一息ついた。制服のタイを緩ませて、リラックスしている。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(少しは心を開いてくれたってことかな)
九井原 夕莉
九井原 夕莉
あのさ……上嶋くんはどうして食人鬼を追ってるの?
聞くのが怖いけど、聞きたいことでもある。もしかしたら話してくれないかもしれない。
上嶋くんは気だるげに目を伏せて、長いまつ毛が並んだ瞼を上げた。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
…………
九井原 夕莉
九井原 夕莉
ご、ごめん。嫌だったらいいよ。ただ、上嶋くんが心配で……
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
……ゆうか
 
上嶋くんから小さく漏れた言葉。
彼を看病したときにも聞いた、誰かの名前に胸がドクンと音を立てる。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
ゆうかが……食人鬼に喰われた。俺の妹だ
九井原 夕莉
九井原 夕莉
妹……
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
5年前外に遊びに行った時、俺が目を離した隙に居なくなってたんだ
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
必死で探したけど、見つからなくて
上嶋くんが俯いて、前髪で顔が見えなくなる。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
それで後日……無残な姿で見つかったよ。食人鬼に食い荒らさられた姿で……
 
ごくりと唾を飲み込んで、喉が鳴った。
私たちにとっては単純な摂食行動に過ぎない。人間はただの餌だ。
残された人がこんなに悲しんでいたなんて、考えもしなかった。
上嶋くんは相変わらず俯いたままだ。
放っておけなくなった私は席を立って、上嶋くんの側に近づく。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(……上嶋くん)
上嶋くんの体に触れようとした指先が強ばった。
――食人鬼の私に上嶋くんを慰める権利なんてあるの?
こんな冷たい体じゃ、寄り添って温めることもできない。
上嶋くんが膝の上で握った拳を震わせていた。
上嶋 幸寛
上嶋 幸寛
俺が……あのとき、目を離したから……だからゆうかが……
九井原 夕莉
九井原 夕莉
…………
私は上嶋くんの前でじっと、側にいることしかできなかった。
目の前で好きな人が悲しんでいるのに、抱きしめても温度のないこの体に意味なんてあるのだろうか。
私の思いに反して、この肉体は血を求めて喉が乾く。肉を求めて内臓が叫ぶように収縮する。
九井原 夕莉
九井原 夕莉
(ああ、上嶋くんのこと喰べたくないなあ)
――食人鬼になんて、生まれなければ良かった。

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