翌朝、俺は部屋で荷造りをしていた。
昨日、帰ってきた母さんたちにすぐにじいちゃんが話した。
そんな母さんと父さんに無言で微笑み返す。
(次に会うとき、かぁ…。そんなのいつになるんだろ?)
俺はたぶんもう、この藤城に帰ってくることはないんだ。
そう思うと、不意に泣きそうで………たまらなかった。
昨日のやり取りを思い出して、目頭が熱くなる。
涙が溜まり始める。
そんな自分に気づいて、慌てて涙をぬぐった。
(……もう、決めたんだ…)
玄関からじいちゃんの呼ぶ声がする。
キャリーバッグを転がして、階段を降りると玄関先で父さんと母さんが待っていてくれた。
俺は、軽く手を振った。
現在地:フランクフルト。
日本からセルビアまでの直行便はない。
日本から一度フランクフルトへ向かい、また乗り継いでこれからセルビアへと立つのだ。
俺達は、セルビア行きの便の手続きを済ませて空港の広いロビーに並ぶ椅子に並んで腰かけた。
俺は、席につくなりかがみこんで、ほどけかけていた右の靴紐を結び直す。
そう笑って俺は、膝に両肘を置いてうつむいた。
(……そう、寂しくは…ないはず。間違っていないはず。これで……よかったんだ………)
『21便 セルビア行き 出発10分前です。乗客予定のお客様はお早めにお乗りください。繰り返し、お知らせいたします…』
広い空港にアナウンスが流れる。
俺たちの便。
じいちゃんの言葉に促されて、俺達はゆっくり歩き出した。
出発10分前ということもあり、搭乗口には人が溢れかえっていた。
ぶつかり合う人混みの中、なんとか抜け出して俺達は一番奥の右側の席に座る。
俺のすぐ右には、まだ動かない景色がみえる。
ずっと見ていても、もう動くことはないようなそんな気がした。
窓枠に肘をつき目を閉じて俺は、この機体が動き始めるその時を待った。
ふと気づくと、俺は暗い闇のなかにいた。
(コレは……夢?)
宙に浮いている。まるで宇宙飛行士がTVでふわふわと浮くように。
そんなことができているのだから、現実ではないなと俺は確信した。
『千…桐……』
その時、どこかから俺の声を呼ぶ声がした。
真っ暗の闇に問いかけてみる。
しかし、声はただ俺の名を繰り返すだけで、答えてくれない。
声は、次第によく聞こえるようになってきた。
『千桐……』
その声を聞いてハッとした。
周囲からじゃない。
俺の頭のなかから声がする。
(君は…誰?)
声に出さずに、目を閉じて念じるように問いかける。
すると、今度はちゃんと答えてくれた。
『やっと 話せた……』
そういって光に包まれた女の人が現れた。
現れたといっても、見えているのではない。
頭のなかにその人が描かれるのである。
『君に…話があるの』
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!