第2話

第一章 血の目覚め
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2018/02/11 16:11
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
ああもう…なんでこんなとこに落としたりするかな俺…
辺りは真っ暗で、空のてっぺんには満月が昇りきっている。それもそのはず。
ケータイの時刻はもう、夜の11時を回っているのだから。

(父さんからもらった、お気に入りだったのになぁ……)

そう言ってケータイの明かりを頼りに、辺りを見渡す。
俺は、篠月千桐(シノツキ チギリ)。
春から高校生になる中学3年生だ。
今日は、地元の高校に推薦での合格の祝いとして同じく既に合格が決まった友達と朝から一緒に遊びづけだった。しかし、遊び疲れた友達を見送ってその後ふとケータイを見るとお気に入りの星砂が入った小瓶のキーホルダーが無くなっていることに気がついた。急いで今朝友達と遊びにきたこの森に来たってワケだけど……見つかりません。

(たぶんこの辺だった気がするんだけどな……)

小さい上に、こんな暗がりときちゃ見つかる気もしない。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
もう…っどこだよー!!
??
……どうしたの?
(え…)

誰もいないと思っていた後ろから、急に声がして反射的にふりかえる。
そこには茶色の髪に青い瞳をした少年が立っていた。
背丈はちょうど俺と同じくらい。

(え…。外国人…?日本語喋ったけど…)

俺が相手をまじまじと見つめていると、またそいつが口を開いた。
??
……何か…探してるの?
その声にハッと我にかえる。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
えっ…あ、あぁ…。ちょっと、キーホルダーを…なくしちゃって…
??
ふぅーん…。ボクも探してあげようか?
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
え?ホント!?
??
うん。こんな時間に探すってことは大事なモノなんでしょ?
そう言って愛想よく微笑んだ。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
あぁ。じゃあ悪いけど頼むよ。星砂が入った小さな小瓶のキーホルダーなんだけど…
??
小瓶のキーホルダー、ね。分かった。じゃあ、ボクはあっちを探してくるよ




そう言って早速反対へ向かう少年。

(うわぁ、超優しい!!見ず知らずの俺の為に…!)


俺は、颯爽と駆けていくその少年の背中を見つめながら感動に浸る。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
っと、俺も早く探さなきゃ…
そう自分に言い聞かせて、また辺りの探索を始めた。















彼の見えないところまで走って、少年は不適な笑みを溢す。








睡蓮
何を考えてるんだ、粋黎
木の影からもう一人の少年が問いかける。
粋黎
ふふん。分からない?睡蓮
睡蓮
分からないから、怖いんじゃないか
クスクス笑う弟に小声で怒鳴る。
粋黎
まぁ…見ててよ
そう言ってゴソッとポケットから星砂の入った小瓶のキーホルダーを取り出して、月にかざしてまた、微笑んだのだった。























(…ていうか、怖すぎだろ、この森。)

コウモリがたくさんぶら下がる大きな木を見て、そんなことを考える。

(絶対になんかいそうだわ……)

少しビビりながらも、見つからないキーホルダー探しを続ける。
その時、後ろでガサッという音がした。
反射的に肩が反応して跳ね上がる。決して幽霊ではないことを祈り、俺は思わず固く目をつぶってその場にしゃがみ込んだ。

粋黎
……君の言ってるキーホルダーってこれのコト?
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
え……
そっと目を開くと、先程の少年がうずくまる俺を見下ろして不思議そうに首をかしげている。
そして、その手にはあの星砂の小瓶のキーホルダー。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
あ 見つけてくれたのか!!どこにあったんだ!?
思わずガシッと掴みかける俺に何事かと圧倒されながらも、少年が答える。




粋黎
え…あっちの……木の上に……
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
そっかぁ…。でも何で木の上なんかに?
粋黎
きっと、鳥かなんかが巣に持っていこうとしたんだよ
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
あぁ!!なるほど
少年の見事な推測にすぐに納得する俺。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
とりあえずありがとな。えっと…
粋黎
粋黎
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
スイレイ?名字は?
粋黎

俺の質問にハテナマークを浮かべる粋黎。
(やっぱ外国人?いや、日本語話せるし…クォーター? )
俺がぶつぶつ呟いてると、粋黎がスッと近づいてきた。
粋黎
実はね……ボクも、探してるものがあるんだけど…
少し言いにくそうに切り出す粋黎。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
え?翠黎も?
黙ってコクンと頷く。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
そうだな…。俺も手伝ってもらったから一緒に探すよ?で、何をなくしたんだ?
俯き気味に何かをつぶやく。
粋黎
…だよ。……
ボソボソ繰り返すが、小さくてよく聞こえない。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
え 何?
うつむく粋黎に耳を近づけてみる。
粋黎
血…人の血だよ
 はっきり聞こえた。背筋がスッと寒くなるのを感じて、寄せていた顔を粋黎からサッと離して、距離をとる。
粋黎
君…、人間でしょ…?
粋黎が顔をあげる。
その顔は、さっきとはまるで違う。
探るような、楽しむような微笑み。
いや、同じと言えば同じかもしれないが、身にまとう雰囲気が違う。
粋黎
いいだろ?君の大事なモノ見つけてあげたんだから
そう言ってクスクス笑う。

(なんか…変だ。こいつ……)

嫌な予感を感じて俺は 、粋黎にクルリと背中を向けると、一直線に走り出した。




































篠月 千桐(シノツキ チギリ)
なんだってんだよ、アレ………!
呼吸が乱れ、思考が回らない。
 この藤城の森は、広い。
さっきから一直線に下っているのに、まだまだ民家の明かりすら見えない。
運動など滅多にしない俺にとってそろそろ体力も限界に近づいていた。
それでも追いつかれるワケには行かなくて、震える右手をギュッと握り直してなおも走り続けた。
その時、頭上が一瞬暗くなった。
(…え……)
もともと暗かったけれど、そういう意味じゃない。
何かがわずかにこぼれる月明かりを遮って、頭上を通り越したのだ。
粋黎
だーから、僕らから逃げられないって……
そう言って、目の前の木の影から現れたのはさっきまで後ろから追いかけてきていた粋黎だった。
どうやって頭上を飛んだのか不思議にも思ったが、そんなことを分析している余裕はない。
またクルリと踵を返して、走り出そうとする。
睡蓮
………どこへ行く?
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
………っつ!!
鋭い台詞と共にみぞおちに強いキックが入る。
激しい痛みに思わずお腹を押さえて倒れこみながらも、攻撃したやつを見上げる。
金の髪にブルーの瞳……。
髪の色こそ違ったが、そいつと粋黎は同じ顔をしていた。
粋黎
ヒュー♪ナイス、睡蓮
のんきな粋黎に睡蓮とやらが突っかかる。
睡蓮
…ったく……見てろって言うから見てたらすぐこれだ。だからお前の言葉は信用できないんだ!!大体なぁ!!
つい熱くなる睡蓮を粋黎がまぁまぁ…と、なだめる。
粋黎
だってさ、ボクも人間のフリしてみたかったの!!ねぇ?
そういいながらうずくまる千桐の髪を強く掴みあげ、強引に上を向かせる。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
あんたたち……何者だよ…?
恐怖と痛みで震える声で、絞り出す。
粋黎
アレ? 見てわかんない?
千桐の頭からパッと手を離して立ち上がる。
その笑った口の隙間から2本の牙がのぞく。

(…まさかな…そんな……)

自分で導きかけながらも、否定する。
沈黙が……流れる。
そんな中、ふと睡蓮が口を開いた。
睡蓮
おい、粋黎。早く帰ろうぜ、俺…もう眠い……
んー…と背伸びをして、あくびを溢す睡蓮。
粋黎
はいはい。…じゃあイタダキマス
急に近寄ってくる、粋黎。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
!?
そこで不意にさっきの粋黎の言葉が蘇る。

『血……人の…血だよ…』

(ヤバイ……!!)

直感して、逃げようとするがもう遅かった。
手首は粋黎に押さえつけられている。
そのうえ、力だけでなく体重までかけられているので千桐の力ではびくともしない。
どうしようもできないまま、粋黎の冷たく固い、牙が間近に迫る。

ズキ……


首筋に強い痛みが走る。


ものすごい痛みだ。


首筋から温かいものが抜かれていく感覚がする。そのせいか、だんだんと意識も朦朧とし、もはや抗う意志すら奪われていく。

(もぅ……ダメだなぁ……)

首筋をつたう血を感じながら、そう思った。



諦めてそっと瞳を閉じる。


ー…そこで意識は、途切れた。



















































母さん
…ぎり、……ちぎり…
(…ん…アレ…母さんの声がする…?…)

フッと目を開く。
母さん
あ…ちぎり!!大丈夫?母さんのコト分かる!?
母さんがガシッと手を握って泣きそうな顔をする。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
うん。知ってるよ
母さんの当たり前の質問にプッと吹き出しかけて、ふと周りが家ではないことに気づく。
辺り一面が真っ白。
たくさんの人に、薬品のにおい。

(ここって……病院?)
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
え…何で俺、病院にいん…の?
母さん
……ちぎり、あんた…覚えてないの?


母さんが真面目な顔で聞いてくる。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
全ッ然!!
俺は、もう疑問だらけだった。
母さん
いい?よく聞くのよ、あんた3日間ずっと目を覚まさなかったのよ。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
え……3日間も!?でもッ…何でッ!?
(今だってこんなに元気だし、どこも怪我なんか……)

何の、確証もなかった。

けれど、なんとなく首筋に触れてみる。
少しザラザラとした布の感触。
そこには、白い包帯が固く結ばれていた。

(………え?何で俺、首なんか怪我したっけ?)
母さん
……3日前、夜から出掛けたの覚えてる?
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
え?夜から……?
母さんの話によると俺は3日前、大事な忘れ物をしたとかで夜から家を出て、長らく帰ってこないと思ったら病院から俺が運ばれたという知らせが入ったらしい。

(……大事な忘れ物?街外れの森に…?)
医者
篠月さん?どうかされましたか?……おや、目をさましましたか千桐君。具合はどうですか?
廊下の向こうから、銀縁の眼鏡をかけた白衣のおじいさんがやって来て、起き上がっている俺を見て微笑みかける。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
あ 大丈夫…です
(……まぁ 何があったか思い出せないんですけどね…)

内心そんなことを思いながらも、そう答える。
医者
そう、よかったね。それにしても驚いたよ、3日間も眠ったままなんだから、ねぇ篠月さん
母さん
ほんとよ、もう……ありがとうございます先生
医者
いえいえ、無事でよかったです。なにしろ無傷ですから
(え? 無傷…?この包帯は……?)

今度は、見ながら首筋の包帯に触れる。
確かに、巻かれている。
こんなにはっきり巻かれていて、見えていない……ハズがない。
医者
とりあえず、落ち着いたらもう家に帰っても大丈夫ですよ。安静にしてくださいね。
医師の先生はそう言って病室を出て行った。


































篠月 千桐(シノツキ チギリ)
……3日前、何があったんだ?
退院した病院から帰る途中、俺たちはそのまま近くのスーパーに立ち寄った。
俺は、買い物に出掛けた母さんを車の中で待ちながらつぶやく。

(何にも…思い出せないや……)

なんとなくポッケからケータイを取り出して開く。
いつもと、何か違う。
そんな違和感を感じた。

(うーん…別に変化はないような……?……アレ?)

そうだ。いつも、ケータイを取り出したときに揺れる星砂が入った小瓶のキーホルダーがない。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
え? 俺、もしかして倒れたときになくしたのか?
一人言がつい、大きくなる。
と、左のポッケに手を突っ込むと何かが触れる。
取り出してみると、そのキーホルダーだった。
俺は、安心してすぐになくさないようにケータイにつけ直す。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
よかった。失くしてなくて…あんな森になくしてたらみつかりっこないって……
そこまで言って、首をかしげる。
何故、あんな森に行ったのだろう?
ケータイを動かすとチャラと揺れるキーホルダー。と、その時。


――キーン…!!

普段滅多に耳鳴りなどしないのに、その時のは耳が割れそうな気がするほどに強かった。

『キーホルダーなくしちゃって…』

『そう…ボクも一緒に……げようか』

頭にそんな台詞が蘇る。

(俺の声と………コレは男の……声…?)

それだけ聞こえたかと思うと、次第に耳鳴りが引いていく。

(なんだ……今の…?)

気のせいだよな、と自分に言い聞かせるようにしてふと気になった首筋の包帯を見ようとして中央についているカーブミラーを寄せる。
そして、のぞきこんだミラーを見て俺は一瞬凍りつく。
映っているのが自分じゃないとか、幽霊だとかそんなのではない。
映っているのは確かに俺。……のハズ。
ただ、映っている自分の姿にあるはずのモノが映っていないのだ。
この首筋に巻かれた白い包帯が…。

(え…何で…)

慌てて自分の首筋を触れる。
ザラザラとしたさわり心地。間違いなく、どこにでもある白い包帯。
だけど、もう一度鏡をのぞきこんでもその中の自分に包帯など巻いてない。

(やっぱり…コレが何か関係してるのか…?)

見もしないで首筋に変化を感じていた。
母さんや医師の先生にも見えていなかった。
俺は、そっと包帯の結び目に手を掛けて引っ張………
母さん
ごめーん。待った?
急に運転席の扉が開いて、母さんが両手に大きな買い物袋を下げて乗り込んできた。
驚きのあまり思わず、包帯から手が離れる。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
な 何?この量…
後部座席いっぱいの品々を見て唖然としながら言う。
母さん
ほらだって。千桐の退院祝いもしようかなって…♪千桐の好きな苺も、洗われてるヤツだからそのまま食べられるのよ
そう言って、俺に苺のパックを差し出す。
確かにすぐ食べられるように水色の小さな串までついている。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
へぇー…ま いいけどね
そう言いながらも一番に苺をほおりこむ。

(あー…びっくりしたぁ…あのタイミングで戻ってくるなんて…ね。)

そう考えながらも大好きな苺をまた口に入れる。

(包帯のことは、帰ってからにしよ……)

俺は、苺に小さな串をさす。



苺から、真っ赤な果汁が流れ出す……。



























母さん
ただいまー…
リビングに入りながら、母さんが一人言のように言う。
父さん
あぁ、おかえ…り……
テレビから目をはなし、ゆっくりと振り返りながらそう言って一瞬固まる。

(なにしてんだ……??父さん……)

母さんの後ろからまだ苺を頬張ったまま、父さんに首をかしげる。
すると、いきなり俺のところへ走ってくるなりガシッと肩を掴みかかってきて半分涙目になっている。
父さん
……よかったぁ、千桐……ッ!!お前、大丈夫なのか……ッ!?
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
はいはい…。大丈夫大丈夫…。だからもう離してよ…
口をモグモグと音を立てたまんま、ゆっくりその手を外していく。
変な人に見えるけど、一応この人が俺の父さん。
嫌いではないけど、よく呆れる人だ。
なんてったって父さんほど『優しい』『涙もろい』『お人好し』の3拍子が揃った人はいない。
俺には、よくわからないが女の人にとってそういう人はモテるらしい、けれど男からすれば『騙しやすい』ってモンで、もう何回もセールスに引っ掛かっているのを見てきた。
呆れた視線を向けながら、押し返す俺に父さんは、
目にいっぱいの涙を浮かべながら、ゆっくり手を引いた。























































篠月 千桐(シノツキ チギリ)
はぁー……
部屋に戻って、大きく息をはきながらポスンとベットにたおれこみ、ゴロゴロしながら考える。

(……3日前…夜……不思議な耳なりと声……それから……)

目線は天井に向けたまま、白い包帯に触れる…。
一度その結び目をキュッと握りしめて、体を起こして鏡の前に立つ。
やっぱり鏡の中の自分に包帯など巻いていない。
車のミラーが曇っていた、というのも考えていたけどそうではないことが今証明された。

(………今度こそ…)

ゆっくり結び目に手を掛けて引っ張る。
ごく自然にほどけていく白い包帯。
久しぶりに顔を出す自分の少し焼けた肌色。

(……あ……れ……)

包帯で巻かれていたわりには、特に目立った外傷もない。
けど、ほどいた包帯には血が染み込んでいる。

俺が不思議に思って前から、右、後ろと回って鏡で傷を探す。

そして、………左。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
…に……コレ……!!
驚きで、言葉にならない。
あった。二つの大きな穴のような傷……。
野犬。にしては、位置が高すぎる。
第一、わざわざこんな咬みにくいところを咬んだりしないはず。
そんなとき、リビングから
「千桐~?夕飯できたよ~?」と、母さんののんきな声がした。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
あ、ああ。うん!!
そう答えて急いで包帯を手にとってふと手を止める。

(…アレ……そういえば母さんたちに…この傷は見えているのかな?…)

俺は、ポケットに包帯を突っ込むといい匂いの漂うリビングへと急いだ。




































































翌朝、俺はいつも通りの通学路を歩く。
玄関では、母さんに













母さん
まだ落ち着いたばかりだし、学校は明日からにしたら…?
とも言われたけれど、そんな心配も押しきって半ば無理矢理に出てきた。

(…だって…家にいたら気になって仕方ねーし……)

ブツブツ一人で呟いていると、後ろから肩をポンと叩かれた。
桜川 雅
なーにブツブツ言ってんの?
そう言って笑ったのは、同じく推薦で一足先に合格が決まった友達の桜川雅(サクラガワ ミヤビ)だった。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
……ってことは………
俺は、雅の後ろをチラッと覗く。
桑崎 凪
もちろん、ボクもいる~!
隠れていた雅の背中からもう一人、楽しげに出てくる。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
やっぱり……
桑崎 凪
ねーねー!!びっくりした?びっくりした?
そう聞いてくるのは、桑崎 凪(かざき なぎ)。

僕らは、3人仲良しだ。

いやもうほんとに……。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
………雅に、凪ねぇ……
俺は、冗談を込めてはぁ…とため息をついて見せる。
途端に、二人が突っかかってくる。
桜川 雅
おい、千桐。なんかバカにしてるだろ!!
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
いや、別に
俺は、しれっと答える。
桜川 雅
どう思う、凪
桑崎 凪
うーん…むかつく
雅の怒りに煽られるように、凪が頬を膨らませる。
桜川 雅
だよな
雅は、ゴゴゴゴ…。凪は、ムッと…。
二人に効果音をつけるとこんな感じで、違う雰囲気を出しているが、二人の思いは、一つ。
俺に対する『怒り』を燃やしているのは、確かだ。
先に走り出す俺を、追いかけてくる二人。
ほんとに仲がいい……… この二人は。
苦笑いを浮かべながら俺は二人から逃げて一つの事実に気がつく。
(やっぱり……見えてない……か…)
幾らあんなバカだって、この位の異変は気づいていれば口にする。
今ここで確信した。
この包帯は、俺以外の人には見えていない。
そして、そのしたの傷も…。
昨日、そのまま夕食を食べたが母さんも父さんも一度として、顔色を変えたりすることはなかった。
互いに「傷がなくてよかった…」と、繰り返すように話していた。


結局、謎がとけないまま教室に飛び込んでいつも通りに授業が始まった。







































































(…ふぅ…今日も疲れたなぁ……)

そんなことを考えながら、靴を脱いでいると俺の横にあまり見かけない男性用の靴がもう一つ置いてあるのに気がついた。

(ひょっとして…お客さん……?)

俺は音をたてずに、ゆっくり歩いて客間をそっと覗いてみる。

お母さんと…あの後ろ姿どこかで……


過去の思い出をハイスピードで巡らせて一人だけ思い当たる人物に遭遇した。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
……じいちゃん!?……あ
会話が弾んでいた二人が同時にこっちを向く。
母さん
あら、千桐。おかえり
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
あぁ た ただいま…え どうしたの?
俺は、疑問をたくさん浮かべる。
というか、目の前の存在を疑った。
 父さんたちは生まれや育ちは基本的に日本だが、一時期長期でセルベアに住んでいたそうだ。そのときに知り合った母さんと結婚して父さんは日本にまた住むようになったけれど、じいちゃんは、父さんが結婚してからもセルビアで暮らしていて一度も日本には戻ってこなかったらしい。
だから、会うときは俺たちが毎年の夏休みにセルビアにいったときだけ。
今年は、俺だけ推薦の準備なんかで行けなかったけれど。
篠月 紫京
元気そうだな、千桐
俺の顔すら見ずに、フッと笑って見せる。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
じいちゃんこそ、ついにセルビアに嫌気がさしたのか?
そう言ってからかう。
篠月 紫京
そんなわけないぞ。俺は最後までセルビアにいる
対するじいちゃんも負けじと目を閉じて、ふんと言い切って見せる。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
そーかいそーかい。若々しいと思うよ?その元気☆でもじゃあなんで日本なんかにいるのさ?
すると、母さんが横から口を挟んで言う。
母さん
今の家がガタが来たそうでね、新しい家を再建するから、その間うちに泊まることになったのよ
(…へぇ―…あれもついにガタがきたかぁ…)

俺は、じいちゃんの家を思い出して考える。
じいちゃんのいえは、はっきり言って変わっている。
それはもうなにもかもが。
まず、森のなかにたっている時点でおかしいと思う。
そして、何より室内。
一見すると、綺麗な家だが綺麗すぎて逆に怖い。
なんていうか、ものが少なくて、生活感がないような感じ。
特に鏡なんかの姿を写すものは、奥の部屋に紫色の布をかけたものが一つあるだけ。
極めつけは、屋根裏部屋にコウモリが巣を作っている。
その家が、そろそろなくなる。
変に寂しさを感じながら、懐かしくも感じた。
そんなとき、プルルル……。
廊下に固定電話の音が鳴り響く。
母さん
あらあら、誰かしら?ちょっと……
失礼しますね、と小さく付け加えて母さんがパタパタと電話を取りに向かう。
そんな母さんの様子を見送りながら、俺は自分の部屋の階段を上った。














































??
……チ……リ……ギリ……
誰かが何かいっている……?
母さん
千桐ー?
ハッとして、顔をあげると辺りはもう真っ暗だった。
どうやら俺は、部屋に入ってきてベットで寝転んでるうちに眠ってしまったようだった。
母さん
千桐ー?聞いてるのー?
下から響くせかすような声に、ついやけくそに乱暴な返事を返す。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
はい―!!
不機嫌に階段をかけ降りると、ちょうど母さんが靴をはいているところだった。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
何?
母さん
あぁ 千桐。母さんたち、ちょっと出掛けてくるからね、テーブルに夕飯置いてあるからじいちゃんと先に食べておいて
それだけ言うと、鞄を握ってあわただしく家を出た。
リビングにいくと、ちょうどじいちゃんが自分のご飯をよそっていた。
せっかくなので俺も一緒に食べることにした。
じいちゃんが座って、俺は向かいの席に座る。
しーんと気まずい沈黙が流れる。

(…ヤバイ、なんだ。この空気……)

重すぎる空気に、俺は何か話題作りにとTVのスイッチを押した。
ついたチャンネルは、『天気予報』。
普段なら、何かやっていないかとチャンネルを変えまくるけれど、ただ音声を流していたい今は、チャンネルなどどうでもよかった。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
明日雨かぁー…、セルビアは今どんな天気なんだろうね?
何とか話をしようと頑張る俺。
しかし、じいちゃんは…
篠月 紫京
……………
こんな感じで、だんまりとしてまるで無反応。
ついに、俺はあきらめて一人で天気予報に向き直る。
『……続いて、今夜のお天気です。
今日は快晴でしたから、藤城の街では綺麗な満月が見られるでしょう。皆さん、この機会に空を見上げてはどうですか?』
お天気お姉さんの高い声が、TVから流れてくる。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
満月かぁ……そいや最近あんま見てないかなぁ…
俺は、心のなかで思ったつもりだったけど、気がつくと声に出してしまっていた。

(満月かぁ……)

なんとなくだけど、無性に満月が見たくなる。
俺は、引き寄せられるようにカーテンの開いた窓に歩み寄る。
篠月 紫京
……カーテンを閉めなさい
――ビクン。

いきなりの声に肩が少し反応する。
ついさっきまで何も話さなかったじいちゃんが怒っているような鋭い口調で俺に言う。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
あぁ うん。でも少しだけ見てから…ね……
そういって俺は、笑いながら窓の外に浮かぶ月を見上げた。


……ドクン!!



いきなり鼓動が、速度を増す。

体が思うように動かない。

(……あれ?なんか………変……俺…?)

なんだか満月から目が離れない。

(……満月……満月…満月……)

淡く黄色い光を放つ満月。

さらに、耳鳴りまでなる。

頭の奥から、聞こえるような声がする。


『……………君……でしょ?』

途切れ途切れに駆け巡る声に時おりノイズ音が走る。

『……だよ…ひ……………の…』

(………なんだ…コレ…)

やがて、激しい頭痛までが襲ってくる。


その痛さは、尋常ではなかった。






























開いた目には俺の家の天井が映る。

(………………?)

ほんのすこし頭痛のする頭を起こして、呟く。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
あれ…?俺、一体何して……じいちゃん?
ふと横でボソボソと何か独り言のように呟いているじいちゃんを見つけて呼んでみる。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
じいちゃん?
篠月 紫京
あ…目が覚めたか………って、あ!
じいちゃんが顔をあげるなり、俺をみてそういった。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
え!!何!?
篠月 紫京
お前…その首筋…………
じいちゃんがそれきりまた、黙る。

(俺の…首筋……?首筋って……まさか………!!)

俺は、本当にまさかと思いながらも恐る恐る思い当たった推測を口にする。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
見えるのか、じいちゃん…!!
篠月 紫京
ああ。それよりお前。ちょっと動くな
そう言って俺の近くに来ると首筋に巻かれた包帯の結び目に手をかける。
以前のように、スルスルとほどかれていく包帯。

(…じいちゃん…ほんとに見えてる………!!)

誰も見えなかっただけに、逆に見えていることに驚く俺。
篠月 紫京
やっぱりか……!
俺の傷痕を見ながら、じいちゃんが言う。
篠月 千桐(シノツキ チギリ)
やっぱりって?
キョトンとする俺に、真正面に向き直って真面目な顔で続ける。
篠月 紫京
いいか、落ち着いてよく聞け
いつになく真剣で、真面目なじいちゃんに圧倒されて俺は言葉も出せず、ただコクンと何度も頷き続けた。

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