(え？何かって……)

曖昧に答えながらも聞き覚えのあの日のことを思い出す。
はぁー、と深くため息をつくじいちゃん。
そして、ゆっくりと語り始めた。

(……さっきの、こと？)

自分の両手を見つめながら考え込む。

(なんとなく見たくなって……満月を見て……それから……)





思い、出せない。

（あれ…おかしいな…？ついさっきのことなのに…）

―――――え………？


　真剣な、そうでありながら不可思議なことを口にするじいちゃんの言葉に俺は混乱を隠せなかった。

俺の問いも最後まで聞かず、続ける。

突然とんでもないことを言い出すじいちゃんに吹き出しかける俺。
だが、じいちゃんのその表情(かお)は、相変わらず真面目だ。

(……なんなんだよ？…それがほんとの話とでも言うのか…？)

少し、半信半疑になりながらも聞き返す。

じいちゃんは何を言っているんだ。

『普通』ではないやつ？

　　　　　　　　　　　　　　　　

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ヴァンパイアが存在している？


誰がそうだって？　












―――――……俺……？







（そんなバカな。嘘だ…）

（……嘘だ）

目覚めたってなんだ？


（そんなわけ………）



さっきの記憶がないのは


（嘘だ嘘だ…）






…………そういうこと？









（嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ…！！！！！！）

頭を抱えてしゃがみこむ。

そして、気づいてしまった。

その手が紅く染まっていたこと。

目の前のじいちゃんの肩にちょうど俺くらいの手形がついていること。

ふと映った窓ガラスの俺の口から二本の鋭い牙が月明かりに光っていたこと。

















































満月を見つめたまま少年は、動かない。

頭を抱えて震える孫におじいさんは、呼び掛けながらそっと手を伸ばす。
近づいてきた手をグッと掴んで離さない少年。
少年がゆっくりとこちらをみる。
その瞳は、普段とは違って紅く輝き、とても虚ろな瞳をしていて、微かに開いている口の隙間から二本の鋭い牙が光る。

呼び掛けてみるが、反応はない。
ただ宙を見つめて何かにとり憑かれているかのように右へよったり左によったりしながらフラフラと歩いてくる。

そう繰り返しながら、おじいさんの肩に両手をかけて、近寄ってくる。 カッと口を開いて、襲いかかる少年に思わず腕を前につき出すおじいさん。
そのまま噛みついて、おじいさんの腕に牙が…突き刺さる。
ツー…と流れ出す紅い血液。
しばらくすると少年がパッと口を離した。

うなされながら、ゆっくりとしゃがみこむ少年。
そして、急にフッと倒れこんでそのまま意識を失ってしまった。
倒れこんだ少年をそっと仰向けにしてあげて、安らかに寝息をたてる少年の頭をなでて、そっとこう付け加えた。

それが、真実。

震えながら、床にへたりこむ千桐。

(そろそろ、話さなければいけないのかも…しれんな…)

目の前でまだ現実を受け止められずにいる孫を見て、おじいさんはそう思った。

そういって立ち上がって、月明かりに照らされる窓ガラスに歩みより、月を見上げるようにこう呟く。

―――――……それは、今から何十年も前のこと。

セルビアで、不思議な怪奇事件が起きた。

『死人が夜な夜な人の血を求めて 大地をさ迷う』

そんな見出しで、たくさんの雑誌やTV局が大きく取り上げた。
そして、原因不明の事件についには政府も動き出す社会問題にまでなった。
その死人ではないかと噂されるのが彼。その名は、ラデス＝カルア。
彼もまた、普通の人間であった。
顔立ちが綺麗で、休日には花壇を手入れするなど花をこよなく愛し、心優しくお人好しな彼は街の中でもとても人気だった。
けれど、凶悪な事件に巻き込まれて無念の死を遂げる。
それからというもの、彼は血を求め、さ迷い歩いた。

整った顔立ちに、紅き瞳。
鋭い牙を持った男。
彼こそが、初代のヴァンパイア、と呼ばれた男だった。
彼は、毎晩生きた人の血を吸った。
異性も同姓も関係も、ない。そんな人間たち(ひとびと)を。
撃たれても、刺されても、死ぬことは叶わない。
永遠の命のループ。
やがて、不死のヴァンパイアは人間を愛することでその生涯を終えてきた。
好きだから愛するのではなく、永き生涯に終止符を打つために相手に愛を求める。

しかし、その時ばかりは……そうもいかなかったけれど。



























































ー…そんな時代から幾年もたった現代。

人間を愛し、ヴァンパイアと人間の間の子が生まれる。
それを何度も繰り返してきて次第にヴァンパイアの血は薄れていった。







そして、32代目。

――――――――――――――――　　人　　間　　だ　　　

ついに、わずかにヴァンパイアの血をその身に宿しながらも、人の血を求める本能さえも失ってしまった。

父である王の言葉に、彼は一度だけ頷いて父を残して一人平和な国、日本へとたった。

……そして、普通の人間として女の人を愛した。

そして、二人は『普通』の子どもを産んだ。

眉間にシワを寄せ、思い詰めるような顔で悔しげにもみえる表情を浮かべた。

辛かった。


ただひたすらに。

そんな感情しか湧かない。

何気なくみたじいちゃん。

そっと手をおいたじいちゃんの肩が、震えているのがわかる。

怖いんじゃない、悲しいんだ。

そんなこと、何も考えていなかった。


(……セルビアに行ったら、もうほとんどみんなとは会えなくなる…それは嫌だ……)

俺は、黙りこむ。

(俺が…ここに残ることを望めば……誰かが傷つく…？)

今の俺に、自らを抑える力はない。

記憶もないのなら、きっと自分をコントロールすることも難しいだろう。



（――――なら、俺は………）

(…………ソレを、望んではいけないんだ…) 




目覚めてしまったからとはいえ、その決断はとても辛かった。
これからも一緒に過ごしていけると思っていた家庭も、文句を言い合えると思っていた友人も彼が傷つけてしまわぬように、彼自身から離れなければならないのだから。









































(やはり千桐には重すぎたな……この運命（さだめ）は…)

気を落として、静かに泣く孫を目の前に心が痛む。 

(……何か、あるはずだ。ヴァンパイアの運命から逃れる方法が…!!)

セルビアならきっと、情報があるはずだ。