第2話

#2
1,657
2023/03/19 04:08
【穴】

新山×石井
〈石井side〉



石井「よしっ……と、これで全部やな。」



俺は、今日ここへ引っ越してきた。
元住んどったところ立ち退きになってもて、出て来ざるをえなかったって感じやな。

なかなか風情のある、二階建てのアパート。
俺は、角部屋から2番目の部屋に住むことになった。

結構駅へのアクセスもええし、マンゲキにも行きやすい。なかなかな立地条件や。



石井「……落ち着いたし、お隣さんへの挨拶に行かなあかんな。」



そう思って、俺は立ち上がった。
両隣りの部屋へ挨拶に行く。

角部屋やない方の部屋の挨拶を済ませ、角部屋の方への挨拶へ。






──ピンポーン



石井「あれ?出て来ーへんな。留守かな?」



待っても出てくる気配が無いので、結局その場を後にし、部屋に戻った。



石井「そういえば……新山も引っ越したって風の噂で聞いたな。」



俺と、相方の新山はあまり仲が良くはない。やから、プライベートなんで全く知らん。
やけど、俺はそこまで嫌ってなかったりする。



でも、あいつもこの時期に引っ越しとか大変やな。なるべく生活に支障が出んところであってくれたらええな。

ふと、そんなことを思う。俺は案外相方思いなのかもしれへん。



そのとき、壁側から何かを感じた。




石井「……あれ?これ、なんや?」



それは角部屋の方側に空いた小さい穴やった。
穴は真っ黒やった。



石井「なんで埋めてあらへんねん。」



お隣の人も、こんな穴があったら不便やろ、と思ってそこら辺にあった紙を上から貼った。



なんだかとても不気味なものを感じた。



石井「ふぅ、疲れたなぁ。」



仕事終わり、少し寄り道をしてかえって来たから遅くなってもた。
部屋に入ろうと2階へ上がると、角部屋に電気がついていた。


石井「今なら挨拶行けるかな?」



そう思って、角部屋さんのチャイムを鳴らした。


────はい。


インターホン越しに声が聞こえた。
なぜか懐かしく感じる声で。

出てきてはくれへんらしく。


石井「あ、夜遅くにすみません、隣に引っ越して来た石井というものなんですが。」



────……お帰りください。



低めのガラついた声で一言。そう言われた。



石井「は、はぁ……すみません。失礼します。」



何やったんや。性格悪そうなやつ。

俺は、角部屋の人と極力関わらないでおこうと決めた。
やっぱり一人って落ち着くもんやなぁ……
そう、一人でコーヒーを飲みながら実感した。
仕事柄、たくさんの人とわちゃわちゃ関わらなあかんから、一人の静かな時間ってだいぶ貴重やったりする。



石井「……そういえば、アイツ新山、どうしてんねやろ。」


なぜか、普段は思い浮かべない新山のことが浮かんだ。何なんやろ、俺アイツに何を思ってるんやろ。



実は、もうちょい仲良くなりたかったりしてる。



石井「新山……」





──パシャッ



シャッターを切るような音が突然部屋に響いた。



石井「何や、な、何の音や、?」



俺はパニックになる。



──パシャパシャッ



シャッター音は止まない。



何や、一体何なんや!?



その日は結局、一睡もでけへんかった。
ー楽屋ー


石井「何なんや……はぁ……」
新山「お前ため息つきすぎや。」



新山か……そういえば久しぶりに話した気がする。



新山「……なんや、何見てんねん。」
石井「いや、久しぶりの新山やなおもて、噛み締めてる。」
新山「は!?」
石井「は!?」


いや待て待て、俺、何言ってんの。



新山「……頭おかしなったんか?」
石井「うっさいわ、」
新山「わ、悪い気はせんな。」
石井「な、なんやねん急に、」
新山「お前こそな!?」



なんやこの会話、笑
自然と俺の顔にも新山の顔にも笑みがこぼれた。



新山「…あんま抱え込みすぎんなよ。」
石井「……おう、」




新山という存在が、俺の中で大きくなっていく。



あ、そうや、普通に話せてるし、引っ越しした噂のことも聞こう。



石井「なぁ、そういえばさ」
新山「ん?」
石井「お前引っ越ししたってほんま?」
新山「えっ……あー、うん、まぁ」
石井「え、どないしたん、聞かん方がええやつ?」
新山「いや、別にそういうわけやないけど、いや、まぁしたで。」
石井「どこなn……」
新山「そういえば!お前この間、収録の時…………」



え、今の何?遮られた?


なんでなん?俺、聞いただけやんな?
どこなんって、相方に家聞くんもあかんのか?




新山「おい、聞いとる?」
石井「……ごめん、今日はもう帰るわ。」



仲は良くないって分かってんのに、なぜか無性にイラついてもた。


分かってたんや。少しの期待があったからなんや。〝このまま仲良なれるんやないか〟って、心の底で思ってたんが悪い。



少しひんやりとした風が、俺の思いをかき消すかのように前へ向かって吹いていた。
ー家ー



帰ってきたは良いけど、何もすることがない。心を落ち着かせようといつも通りブラックコーヒーを入れたけど、なぜかめちゃくちゃ苦く感じる。


砂糖を一つ、二つ……あかん足りへん。なんでこんなに甘いもん欲してるんやろう。

……ホンマに甘いもんを欲してるんやろか?


……心残りは新山だけ。






──パシャッ




嘘やろ……始まった。
どこからこの音は聞こえるんや。分からへん……

そうしてる間にもシャッター音は鳴り止まへん。どこや、どこなんや。



待てよ。……俺、肝心なこと忘れてへん?



……穴、空いとる。



石井「嘘、やん?俺、たしかに塞いだよな……」



頭が回らへん。たしかに紙でふさいだはずの穴は、紙が破られまた姿を露わにしている。



確かにそこから、音が聞こえる。



俺は、とにかく急いだ。急いで、新山に電話をかけた。



──頼む、出てくれ。

なぜ新山なんかは分からへん。やけど、新山にかけるしかないって思った。



なり続けるコール。新山の電話の着信音は少し独特でこいつでしか聞いたことない。



……どこかから、新山のコールが聞こえる。
俺のスマホやない、違うところから。



俺は、ゆっくりと玄関を出た。そして、ゆっくりと角部屋の前に立った。

────まさかな。



鍵の空いた扉を開ける。

──ギィィ



目の前には、確かに人が立っている。



新山「初めまして。」



石井「……何で、?」



新山「好きやで。」



その一言を聞くと同時に俺は、部屋へと連れ込まれた。








新山「……」
──パシャッ

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