私達は、ハリーの後に続き 城中に蔓延る敵と戦いながら
"例のあの人"がいるという場所まで向かった。
正直、私はあの人の居場所が分かるというハリーの言葉が半信半疑だったのだが、真剣な眼差しの3人を見ていれば、それが嘘でない事はすぐにわかった。
敵からの攻撃を避け、応戦しを繰り返す。
そして、行き着いた場所は…城の"船着場"だった。
ハリーに誘導されるまま、腰を屈め身を隠すように船着き場へと近づく。すると、聞き慣れた"先生"の声が微かに耳に届いた。
よく耳を澄ませて聞いてみれば、どうやらヴォルデモートの持っている"杖"が、本人の言う事を上手く聞かないらしい。そして、ヴォルデモートは杖の主が他にいる事を疑っているようだった。
ニワトコの杖の真の主…?それを考えた瞬間、この2年間度々感じてきた嫌な予感が、再び私の頭の中を走った。
微かに聞こえるヴォルデモートの言葉に、私の心臓が強く脈を打つ。このままじゃ、先生が…そんな焦りが私の心を支配し、私は直ぐに杖を握り直した。
しかしハリーは、杖を強く握りしめる私の腕を抑え
小さく首を横に振った。そんなハリーの行動に、私は杖を握る力を緩め、出しかけた足を静かに引いた。
助けられそうなのに、助けられない…。そんな不甲斐なさとこの状況に耐えるべく、私は唇を強く噛んだ。
バタンッ…!と目の前の硝子の壁が音を立てたと思えば
そこにはスネイプ先生らしき影が倒れていた。
その音と光景に、私は目を丸くし思わず息を呑む。
ヴォルデモートのその声と共に、惨たらしい音が何度も何度も響き、その度に硝子の壁とスネイプ先生の影が動いた。
私は、その悲惨な音を耳にしながら目を瞑り、口を手で強く押えた。今この場で手を離してしまえば、きっと私は『やめてッ…!』と大声で叫んでしまうから…。
閉じてる筈の目元が徐々に熱くなり、心臓が息をする度に苦しさを増していく。
やがて、惨たらしく鳴り響いていた音が鳴り止むと、船着場の中で姿くらまし特有の音が鳴った。多分、ヴォルデモートがその場を去ったのだろう。
ハリー達も同じくしてその音が聞こえたらしく、その場から慎重になりながらも立ち上がった。
そう言って、ハリーは未だ座り込んでいた私に手を差し伸べた。私は、1度目を逸らしてからハリーの手を握り立ち上がった。
そして、最後尾のロンに続き、目を逸らしたくなるような光景が待っているであろう船着場に足を踏み入れた。
もうこの時には、スネイプ先生と私の関係の事など誰の頭にも残っていなかっただろう。"先生が抱える真実を知りたい"そう微かに思っていた私でさえも、もうそんな事は頭の中から消え去っていた。
扉を開け、船着場へと足を踏み入れると、案の定首元から多量の血を流すスネイプ先生が、壁に凭れるように倒れていた。
ヒュッと息が喉で止まり、私はその光景に目を背けた。
少しの沈黙の後、嘗てない程 先生の弱々しくか細い声が、空間の深刻さと辛さを引き立てるように広がる。
ハリーが、スネイプ先生の目元から溢れ出た、涙によく似た青みがかった銀色の"何か"を小瓶に入れると、スネイプ先生はまたも弱々しい声で「それを憂いの篩へ…」と告げた。
そう告げたスネイプ先生の声は、か細くも強く、優しくも…少し悲しげに聞こえた。そして、そう告げた後、スネイプ先生は残っていた意識を手放した。
ハリーは、少し放心状態に陥ったあと、スネイプ先生から少し目を逸らしていた私へ、静かに近寄った。
そう言って、私はフラスコを握る血だらけのハリーの手にそっと触れ、横目でスネイプ先生をチラリと見た。
何処かから押し寄せる後悔が、私の心を縛り上げる。
その瞬間、再び聞きたくもない"あの声"が語りかけるかのように囁き始め、途端に頭の中と心を覆った。
目の前に立っていたハリーも、直ぐに壁へ身を寄せる。
ハーマイオニーも顔を顰め耳を塞いだ。
しかし、脳内に直接入ってくるようなその声はどんなに抵抗しても、私達に囁きかけてきたのだ。
そして、ヴォルデモートはハリーの事を酷く罵り、煽ると共に、禁じられた森に来るよう脅しをかけ始めた。
漸くヴォルデモートの声が聞こえなくなり、私は閉じていた瞼を開き、体を支えてくれていた扉から離れた。
心を少しでも落ち着かせるように、ゆっくりと深い呼吸をする。その間、私は何故か船着場の外にいる3人では無く、無意識にスネイプ先生へと視線を向けた。
そして、私の瞳に映った光景に、出かけていた息が再び喉で止まり、私は思わず目を見開いた。
少し元気の無い声をしたハーマイオニーが、外から顔を覗かせ私の事を呼んだ。しかし、私は彼女に視線を映すことなく、未だ先生の方へ顔を向けていた。
ハーマイオニーは、一瞬『何に使うのだろう』そんな表情を見せたが、私の真剣な眼差しを見て何かを察してくれたのか、数度頷くと快くそのバッグを貸してくれた。
それから、3人が船着き場を離れていくのを見届けた私は、急いで船着き場の中へと戻りスネイプ先生の元に駆け寄った。そして、先生の口元に手を添え"ある事"を確信した。
緊張からか、ドクッと一際強く鳴った心臓から徐々に体全身に鼓動が響き渡り、先生の口元の近くに添えた手が微かに震えた。
この状況で、"どうすればいい"なんて考える余裕も無く
私はただ、自分の手が動くままに行動した。
聞こえる筈もないそんな事を呟き、自身の手が徐々に赤く染まっていくのを見つめながら、私は"叔母"に教わった通りに、ただ黙々と手元を動かした。
"彼"を守る為。そう思って叔母から学んでいた癒者としての知識と技術。使う事が無いことを願ってはいたが、まさか彼ではなく"先生"に使う事になるなんて。
私の技量で助けられるかなんて分からない。
でも今は、出来ることをしなきゃ…なんて考えて、まるで癒者である叔母が乗り移ったかのように、私の手元は微かな震えを帯びながらも動き続けていた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。