「ねえ、俺と付き合ってよ」
突如、私の前に現れた彼は、
ニカッと笑ってそう言った。
……だ、誰だっけ。
簡単にこの病室に入れるくらいだから、
やっぱり自分の知り合いとかなのだろうか。
「あー、混乱させちゃった?ごめんねっ」
「い、いえ…」
「こういう時は自己紹介からするものだよね、俺は蒼斗(ソラト)!高校2年生!」
蒼斗、とこの人は言うらしい。
ちょっと茶色がかった髪の色は、
とても彼に似合っていた。
……そしてイケメン。
やっぱり自己紹介してもらったからには、
こっちからもするべきなのだろう。
「えっと、私はあなた、同じく高校2年生」
…とはいえ、自分の病室で自己紹介するのもなんかおかしいと思うが。
「じゃあ、あなたって呼ぼうかな。俺のことは、蒼斗でいいよっ」
「…蒼斗」
「そうそう、で、話戻すけど俺と付き合ってよっ」
またさっきと同じ笑顔で言ってくる蒼斗。
もし、過去にも面識がなく初対面の人だったら、この状況ってかなりおかしいのではないだろうか。
でも、蒼斗がフレンドリーだからか、
違和感をさほど感じないのが怖い。
「えっと…」
「あー、やっぱりいきなり言われても困るよねっ。やっぱり日にちをかけておしていくしかないかな…」
やっぱり、この人は初対面らしい。
「じゃあ、日を改めてまた来るから、ここから出る準備しといてねっ」
「え、あ…ちょっと待って…!」
蒼斗はそれだけ言うと、
手を振って病室から出ていってしまった。
……ここから出る準備って…。
私は、数日前に気づいたらここにいた。
気づいた時には、記憶をなくしていた。
幸い、親の記憶。
言語や知識、少しの友人関係などは、
ここで生活していくうちに少しだけ思い出すことができた。
……それも、うっすらとだけど。
身体的外傷はあまりなく、
いつでも学校に行ける状況。
そんな私なのだが、
やっぱり記憶を失くしたことは怖く、ずっとここにとどまっている。
……進まなきゃ。
そう思ってるけど、怖くて体が動かない。
そんな今、蒼斗が現れた。
蒼斗は初対面で、
いきなり病室に入ってくるような変わった人間。
だから警戒しないといけないはずなのに。
何故か、警戒できない。
それどころか、彼に興味を持っている私がいる。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!