私にはお姉ちゃんが3人いる。
勉強が出来てしっかり者の玲菜ちゃん。
いつも明るくて頼りになる舞衣ちゃん。
頑張り屋で笑顔を絶やさない愛柚ちゃん。
みんな自分を持ってて、いつもキラキラしてて、優しくて自慢のお姉ちゃんたち。
それに比べて、引っ込み思案で恥ずかしがり屋で、みんなの影に隠れてるなんの取り柄もない私。
花宮家の四女、花宮 穂乃。
中学2年生。
鎖骨まであるセミロングの黒髪が夕方の風にさらっと揺れて、ムワッと暑さのこもる駅のホームに電車がやって来たことを知らされる。
ドンッと肩に衝撃が走って、誰かにぶつかったんだと分かった私は、咄嗟に謝罪した。
けれど、ぶつかった相手は私のことなんて気づきもせずに電車へと乗り込んでいく。
こんなことが、私にはよくある。
授業中に当てられたことはほとんどないし。
人混みで待ち合わせをすると、見つけてもらえないことが多いし。
駅前で、よく手当たり次第にティッシュを配ってる人たちにさえ、声をかけられたことが1度もない。
それもこれも全部、私の存在感が薄いから。
だーれも、私なんかを気にしない。
気づきもしない、そんな世界なんだ。
電車に乗り込んで、思わず小さく声が漏れる。
向こう側の席に座る、他校性の男の子。
爽やかな黒髪のショートヘア。
纏う空気は穏やかで、優しい。
少し前から、帰りだけ同じ電車に乗って来るようになった。
学ランの第一ボタンを外して中から白いワイシャツが覗いているのが爽やかで、伏し目がちに参考書へ目を落としている姿が様になっていてかっこいい。
もちろん、声をかけることなんか出来ないけど、密かに……初めて見かけた時から、名前も知らないカレに片想いしている。
【帰宅後 穂乃の部屋】
───コンコンッ
頑張り屋の愛柚ちゃんは、つい最近まで、片想いしていた恭哉先輩とめでたく付き合うことになったらしい。
ずっと応援してたから、報告された時は自分のことみたいに嬉しかったな。
……そっか、デートかぁ。
真剣な顔で服装を迷ってる愛柚ちゃんを、恭哉先輩に見せてあげたい。
こんっなに可愛い愛柚ちゃんなんだから、何を着てったって恭哉先輩は絶対喜んでくれるよ。
「ありがとう」と笑顔で部屋を出ていく愛柚ちゃんを笑顔で見送って、温かい気持ちになる。
愛柚ちゃん、デート楽しめるといいな。
って、好きな人と一緒にいられるんだから、楽しくないわけないか。
いいなぁ、私も……。
せめて、声をかける勇気が欲しい。
明日は少しだけ、頑張ってみようかな。
【翌日 放課後】
ドキドキと高鳴る鼓動。
目の前には相変わらず、姿勢を正したまま手元の参考書に視線を落とす彼。
今日は頑張って隣に座ろう……なんて思ってたのに、いざ電車で彼を見つけたら、隣に座るなんて絶対に無理だった。
大人しく、いつも通り向かい側に座って、電車が揺れる度にふわりと優しく揺れる黒髪を見つめては
見てるのバレたら大変……と、目を逸らす。
その繰り返し。
ちょっと待ってよ。昨日のちょっと強気だった自分どこ行ったの!?
……もしかしたら、隣に座ったって気付かれもしなかったかもしれないけど。
そう思うと、余計に隣に座らなくて良かったって思う。
いつも夕方の電車は比較的空いてるのに、今日に限ってなぜか満席。
バッグを持ったおばあさんが、座れないまま立っているのに気付いて私は慌てて席を立った。
電車の中に、自分の声が響く。
……それがやけに恥ずかしい。
おばあさんの笑顔を見て、勇気を出して声をかけて良かったって思った。
一日一善。
喜んだ顔が見られて私も嬉しかったな。
そんなことを考えているうちに、アナウンスが鳴り響いて、降りる駅を知らせる。
私はおばあさんに1度小さく会釈をしてから出口へと向かった。
改札前まで歩いたところで、私は青ざめた。
制服のポケットも、カバンの中も、どこを探しても見つからないスマホ。
……おばあさんに席を譲るときにそのまま座席に置き忘れたんだ。
……テンパリながらブツブツと独り言を漏らす私は、傍から見たら絶対にヤバいやつ。
とりあえず、駅員さんを探そう。
それが1番早そうだ。
そう思って1歩足を踏み出したとき
パシッと音がするくらい、勢いよく手首を掴まれて反射的に振り向いた。
そこにいたのは紛れもなく、片想いしている彼だった。
走ってきたのか肩で息をしていて。
私にゆっくり、左手を差し出した。
深々と頭を下げる。
いつも、私が降りる駅になっても立ち上がることのない彼。きっと彼が降りるのはもっと先。
なのに、私のためにわざわざ電車を降りることになってしまったことを申し訳なく思った。
……私のせいで、迷惑かけちゃったなって。
だけど、優しく微笑んだあとで彼は小さく首を振った。
照れくさそうに俯く姿にキュンと胸が音を立てて、バクバクと暴れ出す。
私の言葉に小さく頷いた彼が、また顔を上げて真っ直ぐ私を見据えるから、今度は恥ずかしさから私が目を逸らしてしまいそうになる。
……同じだ。
私も初めて見かけた時からずっと、気になってた。どんどん膨らむ想いとは裏腹に、声をかける勇気が出なくて……。
誰にも気付かれない私を、雄太くんはちゃんと私を見つけてくれてたんだ。
……嬉しい。
恥ずかしくて、照れくさくて、2人で顔を真っ赤にしながら話した。
小さな勇気さえあれば、世界は今日もこんなにも幸せで溢れている。
四女、花宮穂乃。
こんな私を見つけてくれた雄太くんと、お姉ちゃんたちには負けないくらい、幸せな恋をするんだ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!