ナホはひたすら走っていた。
さっきから頭の中で繰り返されるのは、
『ダンス部じゃないんで…』という
困った顔と戸惑う声。
ナホが"ムーンウォーカー"を見たのは今から5年前。
小学六年生の夏休みだ。
思い出すのはあの体育館。
その日はダンス大会が行われていた。
スピーカーからは絶えず大音量の音楽が流れ続け、
その音楽に合わせて体育館の中央で大人たちがキレキレに踊っていた。
アリーナをぐるっと囲むスタンド席では、パフォーマンスに拍手をおくったり声をかけたり。
ものすごい盛り上がりっぷりだ。
観客のテンションと共に会場内の空気はさらに温まっていた。
ダンスの指導をしていた父に連れられた私は、
ひたすら帰りたがった。
そんな私に、父は宥めるように笑いかけた。
すると、
『続いてのグループ!
小学六年生3人組、ムーンウォーカー!』
とアナウンスされた。
ほんの少しのざわつきと
大きな拍手で迎えられて中央に現れたのは、
真っ赤な衣装を着た3人の男の子だった。
それを見て、ほんの少しだったざわつきが大きくなっていく。
『曲は、マイケル・ジャクソンでThriller!』
3人をバカにしたような会場の空気を真っ二つに斬るような力強いアナウンス。
ざわつきはピシャリと止み、3人のパフォーマンスが始まる。
ノリのいい、だけどどこか不気味なその曲が始まると、3人は余裕の表情で踊り始める。
再び会場がざわついた。
「ねえ、これ本家と同じじゃない?」
「本当に小6?」
という声がそこら中から聞こえ始め、
ついにはそれが大歓声に変わった。
会場中が彼らに夢中になっていた。
私もその1人だった。
手先、足先までなめらかに動いて、
それでいてキレッキレで力強い動きで…
パフォーマンス中の3人は
私と同い年にはとても見えない。
最後の最後までピタッと振りを合わせて遠慮がちにお礼をすると、会場は3人に大拍手を送った。
約5分間、疲れも幼さも緊張も全く感じさせない、完璧なパフォーマンスだった。
その日の帰りの車内で、私の人生は変わった。
ふぅ…とため息をついてベッドに飛び込んだ。
さらに大きなため息をつきながら上をむく。
寝返りを打って横をむくと時計が見えた。
時刻は21時。
ナホは大急ぎでレッスン着に着替えて
部屋を飛び出し階段を駆け下りた。
その間も、頭に浮かぶのは
あの困った顔と戸惑う声。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。