第6話

Who Is It
45
2018/10/30 11:29
放課後、少しだけ遅れて部活動場所に行くと、
部員がひとり増えていた。
トウヤ
え?新入部員?
リョウ
なんか…訳ありって感じ
リョウがやれやれというふうに肩をすくめると、アキが僕に気がついた。
アキ
おお!遅いじゃん!
トウヤ
ごめん、呼び出しくらってさー
トウヤ
…で?なんでうちのクラスの転校生がここに?
アキ
お前、腕見せてみ?
トウヤ
はぁ?
意味は分からないが、とりあえず右腕を出す。
アキ
ナホも。
ナホ
私も?
並んで出した彼女の腕は………
リョウ
アザ…
トウヤ
これ…俺ら知ってるわ…
ナホ
知ってるって?何を?
アキ
どうしてこうなったか。
誰にやられたか、俺らは分かるんだよ
トウヤ
ねえ、ナホちゃん。
どうしてこうなった?
ナホは少しだけ潤んだ目で話し始めた。


ナホは小6の僕らのパフォーマンスを見て、ダンスを始めた。

彼女の父は名の知れた指導者で、環境は整っていたという。

レッスンはとても厳しく、
怒鳴られることは日常茶飯事。


"出来ないものは出来るまで、
出来るものは完璧になるまで。"


たとえ娘だろうが妥協せず、
むしろ娘だから・・・厳しく指導されたらしい。

その"指導"の中には暴力も含まれた。

例えどんなに殴られても
大会で優勝すると誰よりも喜んでくれる父親が大好きだった。

でも優勝出来なかった日の父親は大嫌いだった。

酒を飲み、そして酒に飲まれ、
発狂しながら彼女を殴った。

いつの間にか、彼女にとって"ダンス"とは、
自分の明日を決めるツールになっていた。





そして今も、
ダンスをやっている人はみんな自分と同じだと思い込んでいるらしかった。






アキ
ナホの父さん、小6の時の俺らのコーチだったんだよね
トウヤ
あー…あの時の暴力親父が…
自分の右腕にうっすら残る青いアザを撫でた。

触っても痛くはないが、見る度どこかがひどく痛む。
リョウ
あの時はなぁ…しんどかった!
ナホ
あの、今は?
トウヤ
ん?
ナホ
今はしんどくないの?
しんどいからダンス部入らなかったんじゃないの?
ナホは真剣に僕らの心配をしていた。
思わず笑ってしまいそうなほど。

わざわざ転校してきたのも、
「なるほど」と合点がいくほどの熱量を持っている。


微妙な空気をかき消すようにリョウがぱっと笑顔を見せた。
リョウ
じゃあ…今日はMJ部!
歌詞読みましょう!
アキ
……もう文化祭まで時間ないって知ってますか?部長!
トウヤ
そもそもなんの歌詞読むの?
ナホも「うんうん」と頷いている。
リョウ
Slave To The Rhythmスレイヴ トゥ ザ リズムで!
アキ
またなんでそんな重めの歌…
アキは呆れたように壁にもたれた。
その隣に自分も並ぶ。
ナホ
じゃあ、私はこれで帰ります。
また来ます
リョウ
ダメダメ!部員は全員参加だから!
カバンを持ってもう歩き始めていたナホは
驚いたように振り向いた。
トウヤ
待って。
いつの間にナホちゃん部員になったの?
リョウ
ダンス出来るし、『In The Closet』知ってるし、もうMJ部の部員でいいでしょ
トウヤ
…でもナホちゃんはダンス部から誘われるでしょ
ナホ
いや!
思ったより大きな声のナホに少し驚くと、
彼女は嬉しそうに笑う。
ナホ
MJ部、入ります
トウヤ
………そう
アキ
マジかよ…
とは言いつつ、僕もアキも新しい仲間が出来て嬉しいのは秘密。

リョウは「じゃあ…」と言いながらCDを出した。
リョウ
和訳するぞー
トウヤ
よし…久しぶりに聞くわ
ナホ
なんでこの曲なの?
アキ
訳していけば分かるよ
ナホ
そうなんだ…
「Slave To The Rhythm」

__直訳すると"リズムのとりこ"。


それは父親に植え付けられた、
痛々しい"リズム"に縛られている
ナホの事のよう。

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