放課後、少しだけ遅れて部活動場所に行くと、
部員がひとり増えていた。
リョウがやれやれというふうに肩をすくめると、アキが僕に気がついた。
意味は分からないが、とりあえず右腕を出す。
並んで出した彼女の腕は………
ナホは少しだけ潤んだ目で話し始めた。
ナホは小6の僕らのパフォーマンスを見て、ダンスを始めた。
彼女の父は名の知れた指導者で、環境は整っていたという。
レッスンはとても厳しく、
怒鳴られることは日常茶飯事。
"出来ないものは出来るまで、
出来るものは完璧になるまで。"
たとえ娘だろうが妥協せず、
むしろ娘だから厳しく指導されたらしい。
その"指導"の中には暴力も含まれた。
例えどんなに殴られても
大会で優勝すると誰よりも喜んでくれる父親が大好きだった。
でも優勝出来なかった日の父親は大嫌いだった。
酒を飲み、そして酒に飲まれ、
発狂しながら彼女を殴った。
いつの間にか、彼女にとって"ダンス"とは、
自分の明日を決めるツールになっていた。
そして今も、
ダンスをやっている人はみんな自分と同じだと思い込んでいるらしかった。
自分の右腕にうっすら残る青いアザを撫でた。
触っても痛くはないが、見る度どこかがひどく痛む。
ナホは真剣に僕らの心配をしていた。
思わず笑ってしまいそうなほど。
わざわざ転校してきたのも、
「なるほど」と合点がいくほどの熱量を持っている。
微妙な空気をかき消すようにリョウがぱっと笑顔を見せた。
ナホも「うんうん」と頷いている。
アキは呆れたように壁にもたれた。
その隣に自分も並ぶ。
カバンを持ってもう歩き始めていたナホは
驚いたように振り向いた。
思ったより大きな声のナホに少し驚くと、
彼女は嬉しそうに笑う。
とは言いつつ、僕もアキも新しい仲間が出来て嬉しいのは秘密。
リョウは「じゃあ…」と言いながらCDを出した。
「Slave To The Rhythm」
__直訳すると"リズムのとりこ"。
それは父親に植え付けられた、
痛々しい"リズム"に縛られている
ナホの事のよう。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!