「なにか用ですか?」
「あぁ、うん。あのさ」
「はい」
小さな間があいた。
「おれさ」
そして、また間があく。
「……はい」
「えぇっと、」
さらに間があいた。
えらくことばに詰まっていた。
その視線の定まらないようすが、ひどく可笑しく思える。
いつもは、なにをするにも冷静で無表情。
そんな彼の落ち着かない態度を見たのは、初めてだった。
気づかれないように顔を伏せると、小さく笑った。
すると、
「ーー見てたんだ」
「……はい?」
訊き返したのは、聞こえなかったのではない。
理解不能だったからだ。
「ずっと見てた」
もう一度、呟いた。
先ほどとは打って変わって、ハキハ キとした声だった。
あまりにはっきりと耳に届いたので、身体にわずかな電流が走った気がする。
見てた?
なにを?
彼の意図がのみこめない。
摩羅涼は、こっちを見ていた。
そして、続ける。
「五年前、話しかけたの覚えてる?」
「……五年前?」
「うん。午後の授業って眠くなるよね、って声かけたんだ。そしたら、内藤さん、そうですね、って返事してくれた。初めての会話だったから、ハッキリと覚えてるんだ。あの時、すごく緊張した」
そう言って、口に弧を描いた。
……五年前、か。
それを聞いて、淡い記憶が少しだけよみがえった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!