僕は後ろにいる仁菜をちらりと見てから、正面に向き直り、先輩を見る。
目の前に出てみると思った通り先輩はすごく怖くて、背も高くて、僕なんか簡単にボコボコにできそうだった。
だけどせめて、気持ちでは負けないように。
不快そうな声を発する先輩の目を、真っ直ぐ、強く見つめる。
怖いって感情を悟られたら終わりだ。さっきの状況に逆戻りしてしまう。
大丈夫。この人は仁菜を壁に追い詰めたけど乱暴してなかったし、ここで僕を殴って退かすとか、そういう悪い人ではない。多分。
ただ、弱気なところさえ見せなければ諦めてくれる……気がする。
絶対、逸らさない。
フッと先輩の口元が緩んだ。
急にわしゃわしゃっと頭を撫でられて、訳が分からないまま髪を押さえて先輩を見上げる。
先輩は今までの空気が嘘のように、強面の顔に陽気な笑みを浮かべていた。
とりあえず返事をすると、先輩はズボンのポケットに手を入れて歩き去っていった。
……な、何今の……。助かった、のかな?
後ろから服の裾をくいっと引かれて、はっとして仁菜を振り返る。
ふわりと優しい笑顔が咲く。
幸福な感情が身体中に満ちて、浮き立つような感覚の中で笑い返した。
__無我夢中だったけど、やってよかった。
しどろもどろになる僕に、仁菜が首を傾げる。
告白かと焦って捜して覗き見して結果的に仁菜を助けた……なんて、言えるわけない。
何を思ったか、仁菜の表情が明るくなり、僕を褒め始めた。
一気に心拍数が上がって落ち着かなくなって、零れるように出てきたのはそれだった。
いつか言いたくて胸に秘めてきたことが、この一言を皮切りにすらすら出てくる。
えへへ、と例によって変な照れ笑いをしてしまい、なんでもっとましな笑い方ができないんだと自分を責めた。
仁菜が小さな小さな声で呟いた。
なんて言ったか上手く聞き取れなくて「仁菜?」と尋ねると、仁菜は哀しげに微笑んだ。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。