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第1話

優しさが痛む
『期待をしなければ、傷つくことは無い。』

そんな言葉は嘘だ。

期待することをやめてしまった時、つまり、諦めた時も、必ず人は傷つくはずだから。

放ってしまったことに対する後悔だとか、過去の自分を裏切った悔しさだとかが、ナイフとなり、自分に降り掛かってくる。

どのみち傷つくのなら、真正面からの方がいい。







「海、綺麗だね」

朝の潮風はとても清潔で、侵してはいけないような神聖さに包まれていた。小さく息を吸うと、鼻の奥に優しく磯の香りが包んだ。

「うん、綺麗」

隣で真紘が頷く。

「よくシーグラスも拾ったりしたね」

浜辺に打ち上げられたガラスの破片。小さな宝石たちを集めたのは、そう遠くない夏の日。

「俺、それどこかで無くした」

「そうなんだ」

私は水平線に目をやる。海と、並行に向き合っていた。

「じゃあまた、拾えばいいよ」

「違う、そうじゃない。」

静かに、毛先が風になびく。波の音は聞こえない。彼の浅い呼吸と、私の鼓動だけしか、聞こえない。まるで、地球上に二人だけが取り残されてしまったみたいだ。

「もう、拾わない。」

「そう·····」

彼がそう望むならそれでいい。私の考えを強要したりはしたくないから。

「もう、仁奈、君とはここに来ない。」

「そっか」

私はそっと瞼を落とす。余計なものを取り除くために。

「もう·····終わりにしよう」

やけに際立ちながら私の中へ降りてくる言葉。

「私が嫌だって、言ったら?」

「それは、困る」

「じゃあ、いいよ。別れても。」

真紘はあれからしばらくした後、自転車の後ろに乗るように指示をして、私を家まで送った。

「またな」

そんな無責任な言葉を残して。

そんな残酷さに抗うことも知らないから、私も「またね」と返す。

さっき拾った、半透明のシーグラスをぎゅっと抱きしめる。

目の前がゆらりと霞むまえに、何度も、瞬きをした。


一夜泣き明かして、学校をズル休みした。瞼がパンパンに腫れ上がった私はとても醜くて、もう二度と笑えないんじゃないかと思った。お腹が痛いなんて嘘、馬鹿みたい。


お腹の奥底のがらんどうな場所が、いつまでもしくしくと鳴き声をあげている。


言えばよかった。


私は好きだよ、って。どうして別れたいの、って。


それがたとえ浅はかであったり、漠然としていたとしても良かった。中途半端に切り離されるより、拒絶の言葉で切り取られる方がよっぽど。よっぽど·····なんだろう。


今の私は、ひとつの奇跡に期待をしているみたいだ。もう一度、真紘の彼女になれるとでも思っているのかな。自分の心のはずなのに、よく分からない。


好きと嫌いにの狭間で、不安定に揺れている振り子。


どうして。あんなにひどい終わり方だったのに?


疑問はいくつも浮かんでは消えて、キリがなかったけれど、今はその答えを上手く言葉に出来ないことに安堵している自分を、許せなかった。
















「しゅうちゃん、私、どんな顔をして真紘に会えばいいのかわからないよ·····。」


「そっか辛いね·····。」


しゅうちゃんは困ったように眉を下げて、カプチーノをすする。テーブルの向かいにいる『しゅうちゃん』は、『しゅうちゃん』なんて可愛い名前だけど、立派な男の子。


マグカップを持つ手の甲はゴツゴツで角張っている。声だってざらついて低い。


こんなふうにカフェに付き合ってくれる優しさがある、幼なじみ。


「それにしても、真紘·····ひどいな·····。」


「最後も、強がっちゃって、言いたいことなんにも言えなくて·····。夜になると、涙が止まんないの。」


「でも別れたくない、って言ったんだろ?」


「それと同じようなことは言った。けど·····」


その続きを察して、しゅうちゃんは頷く。


落ち込んだ気持ちを毛布で包み込むように、「よく頑張ったね」とゆっくり手を伸ばし、私の髪をひと房撫でるように掬った。さらりと指の間からこぼれ落ちる毛先を、私はただただ見つめていた。


それで、心が揺れる。


彼·····真紘も、よく、こんなふうに私の髪の毛を触った。ふたりきりの空間の、甘えたい時。可愛い、とか、好き、って言いながら。


鼻の奥がツンといたくて、その何倍も胸が痛くて、痛くて痛いのに、涙が出なくて苦しい。

「俺の前で、無理しなくていいから。」


しゅうちゃんが穏やかに微笑む。


「ごめんねしゅうちゃん、迷惑かけて。」


「全然大丈夫。悪いのは真紘だろ?こんなふうに仁奈を傷つけて。」


「ちがうの。私が真紘の元カノみたいになれなかったから·····。」


あの人の理想には、やっぱりなれなかった。好きという気持ちしか持っていない私を、彼は受け止めきれなかったのだと思う。


「何がいけなかったんだろう·····。ずっと、ずっと一緒にいたのに原因がわからないよ。」


付き合う前も、私たちは幼なじみだった。真紘と、私と、しゅうちゃん。仲良し3人組だった。


それが今は。


こんなふうにぐちゃぐちゃになって、しゅうちゃんは真紘を悪く思い始めている。真紘は私を嫌いになった。


愛とか恋とか何も知らない私が、背伸びをした末路なのかもしれない。


過去に行けるなら、真紘に恋をする前の私に「しゅうちゃんを好きになって。」って言いたい。恋人がしゅうちゃんだったら、こんなに悲しい思いはしなかった。


「仁奈が思い詰める必要はないと思うよ。あいつがサイテーなだけ。今日は奢るからさ、いちごのパンケーキ頼みなよ。」
そんなしゅうちゃんは、とても優しい。