第10話

COLD CASE ある未解決事件③
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2022/05/27 16:31





警察官の佐野は、前から希望していた部署移動になった。

担当は交通事故。
殺人とか傷害とかじゃないんだ、って少しがっかりしたが、交通は、とりあえずエリートコース。
ただ、書類作成がめんどくさい。



赴任早々、ひとりの女性が、約20年ぐらい前の事故について、再調査して欲しいと言ってきた。

その事故は、国内で開催された音楽コンクール決勝当日、交通事故で他界したピアニスト、浦野秀太の単独死亡事故だった。

優勝を祝って催されたレセプションの帰り、神奈川の自宅に向かう途中でハンドルを切り損ね、ガードレールを破り、坂下に転落。
頭と胸を強く打って、即死。
体内から微量のアルコールが検出された為、酒気帯びとして、被疑者死亡で送検された。


女性は、


「兄は下戸(げこ)でした!
お酒は飲めないんです!
運転も慎重でした。
スピード出したりしません!
もしかしたら、誰かに殺されたんじゃ…」


と言い張る。

音コンで優勝し、リサイタルも決まっていた。
華麗な音が人気でファンを増やしていた矢先の、痛ましい事故死。
身内なら信じたくない気持ちもわかる。

佐野は当時の調査報告を見た。
車は浦野が買ったもの。
ゆるやかな登りの坂道を、アクセルを踏んで進んで行った。
急ブレーキを踏んだと見られるブレーキ痕。
スピンしてハンドルロックがかかり、ガードレールを突き破る。
坂下には民家があったが、幸いにも庭先に落ち、二次災害は無い……。


不審なものは何ひとつ無かった。


祝賀レセプションで、カクテルを飲んでる浦野の写真があった。
微量なアルコールの根拠となった。
優勝を喜ぶ幸せな顔。
周囲の人々も……。


ん?


佐野は、写真のはじ、浦野の快挙を喜ぶ人々の姿の中に、見知った顔を見つける。
10年ほど前、病気で死にかけていたホームレスの男。
男は浦野のそばに行くことは無く、遠巻きの中にいて、幸せそうに笑っている。

誰だ?

事故そのものに不審な点はないが、男の身元が気になった。








中川は、ハルオと久しぶりに食事をしていた。

ハルオが退院した後、なんだかんだで3ヶ月ほど同居は続き、ハルオの戸籍取得と、生活保護の申請が通って、ハルオは出て行った。
保護費は、家賃補助と、生活費、指定医療機関の医療費が無料になる。
何とか自立の目処がたったことになる。


ハルオは、体調の回復と共に、少しずつ家事をこなして、中川を喜ばせた。
中川は、営業のポイントを稼ぐ為に打たされた定期預金40万の1本を、ハルオの為に解約した。
貯金を持ってると保護費の申請は通らないから、現金10万をハルオに渡して、残りでiPhoneとWi-Fiを買ってやった。
携帯が無いと連絡が取れなくて、それはぼくのストレスになるから、と言って。


その後ハルオは、日雇いの、派遣だったが、大きな倉庫で働くようになった。
ネットショップで注文された商品をピッキングし、パッキングして配送に回す仕事。
働くには保証人が必要だから、従兄弟と偽って、中川がなってやった。


稼げばその分保護費の支給は止まる。
でもハルオは、それが嬉しいようだった。


1〜2か月に1度、ハルオは中川を食事に誘う。
ラーメン屋、居酒屋、定食屋、中華、焼肉。
手料理。
中川は喜んで誘いを受けて、お互いの近況を話し合った。
困っている事はないか、うまくやっているか、さりげなく確かめながら。


そんな食事会の日。

その日は、ハルオが、勤め先の倉庫から、派遣ではなく直接雇用になる気はないかと、誘われたという、嬉しいニュースが待っていた。
中川自身も、融資課長から、副支店長に職階が上がるかもしれない内示が出たあと。
職階が上がれば、当然給与が上がる。

ふたりは、和食屋に来ていた。

そこへ、警察官の佐野が現れる。


「邪魔してすみません。
でも。
もし知ってたら教えてほしいんです。
都合悪かったら、あらためてもいい」


佐野は1枚の写真をテーブルに乗せる。
それを見て、笑ってたハルオの顔が強張った。
中川は、ハルオの表情に、楽しかった気持ちが踏みにじられたように感じる。


「浦野秀太」


佐野の言葉に、ハルオの顔がみるみる白くなる。


「……音コンで優勝した日の夜、交通事故で死んだんだけど……知ってるんだね?
単独事故だったけど、もしかして……」


「……オレが」


ハルオは泣き出した。


「オレが運転するって言ったのに、アイツ、ご機嫌で。
楽しそうで、幸せそうで。
オレも嬉しくて……ずっと冗談言って笑ってて。
でも猫が」


ハルオはもう話せなかった。


そのあと、時間をかけて、佐野が聞き出した話は、こうだ。

飛び出した猫を避けようと、ハルオがハンドルをつかんで車の頭を右に切った。
対向車はいなかった。
その時運転席にいた浦野が、ブレーキを強く踏んだ。
そのせいで車がスピンし、遠心力でハルオは助手席から車外に投げ出され……。
落ちたのが草むらの中だったからか、ハルオは発見されず放置され、気付いた時には何もかも終わっていた。
それからはホームレスとなって生きてきて。


「アイツが死んだのはオレの〜〜〜」


「……音叉はその人の?」


問いかける中川の声は低かった。


「優勝の記念に、って、あの晩アイツがくれて」


「なんですぐ名乗り出なかったんです?」


ハルオは首を振った。
行動の説明など、できるはずもなかった。


「本名は?」


佐野の声は優しかった。


「……本田康祐」


「じゃあ、記憶が戻ったとして、戸籍復活の手続き取りましょうか」


「え?」 


「ご両親にも会いたいでしょう?」


「逮、捕、は?
オレ、逮捕されるんじゃないの?」


「浦野さんの事故に同乗者はいません。
いたとしても、あなたが事故の原因と立証できるものは何もありません。
事故直後、あなたを発見できなかったのは、我々のミスですし。
僕はただ、真実があるなら知りたかった。
それだけです」


ハルオと名乗っていた本田は、自責の日々から解放されたのを知った。

泣いて泣いて、ふと気付くと、中川が黙って微笑んで自分を見ている。


「本田くん?」


「あ……ッ」


「ほんとに良かった」


中川は、初めてハルオの頭を撫でた。







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