念のため、私は仲間にメールのことを確認した。
みんな、私と同じようにフォルダ分けしてたり、重要マークを付けたりして、開かない工夫をしていた。
中川くん始め、手配を担当する3人にも聞いてみる。
私たち受付から回って、これから個人のエンジニアやメーカー手配に進む未処理の案件が、机の上の未処理棚に10件くらい残ってる。
「ボクたち、メールには触ってませんよ?」
そうよね、そんなヒマはなさそう。
そこに、制作の浦野くんがやってきた。
浦野くんは新卒採用で入ってきた若手。
背が高く、人見知りしない明るい性格で、多方向に好印象な青年だ。
いつもニコニコして、機嫌が悪いところを見たことがない。
「システムの本田くんからの伝言でーす。
朝、注意喚起してたスパムメール開けちゃった人がいて、これがちょっと大ごとだったみたい。
今、システム課総出で感染しちゃったウィルス除去やってて、復旧見込みは、22時頃予定だそうでーす」
え、それまでどうすんだろ?
「私たちは、誰もメール開けてません!」
受付スタッフのひとりが焦った声を出して立ち上がった。
浦野くんはニッコリ笑って、
「大丈夫、皆さんがやってないのはもう確認取れてるみたいだよ」
その言葉にとりあえずほっとする。
何かあると大抵いつも受付が責められるから。
浦野くんはそのまま課長のところに行って、ひそひそと何か話し、お疲れ様でーす、って帰って行った。
課長は、
「みんなで、手配手伝って、未処理案件カラにしといて。
俺はちょっとシステム行ってくる」
って出て行く。
だいたい1日に200件ぐらいある問い合わせ。
ほぼ手付かずなのがコワイ。
夜番の3人でさばき切れるのかな。
不安に思ってたら、トイレに席を外してたひとりが、新しい情報を仕入れて戻ってきた。
「ねーねー、メール開けちゃったの、社長らしいよ?
大事な見積もりの事なのに、なんで誰も開けてないんだ、ってカンカンに怒ってやっちゃったらしい」
え、それはあまりにも……。
私もトイレ行ってみよう。
実はトイレはフロアに2箇所ある。
通常使う階段寄りの大きい所と、玄関ロビー脇だ。
玄関ロビー脇は、来訪者も使うので1番きれい。
女子に人気の場所なのだ。
おまけに、総務とその奥のシステム課に近い。
「客先から届いてるメール、いつになったら確認できるんすか?」
聞こえてきた声は、営業の佐野くんぽかった。
落ち着いてる口調だけど、言葉は苛立っている。
佐野くんは、浦野くんと一緒に入社して、関東営業部に配属され、フランチャイズ展開してる店舗をターゲットに動いている、って聞いた。
確かゴミ処理を切り口に、リフォーム提案を仕掛けてるんじゃなかったっけ?
「ごめんな?
まだ、部課ごとの切り離しができないんだよー。
それに、まず一般顧客の受付んとこを復旧させないとヤバイし。
佐野のとこは、何とか電話で待ってもらってくんない?」
本田くんの声だ!
「仕方ないですね」
「さんきゅ。
これ終わったらみんなで飲み行こうな?」
「ふーみや。
暇してんなら、デフラグ手伝ってよ。
今、インターネット止めてるからさあ」
「秀太、僕はおまえみたく暇じゃないんで。
じゃあ本田くん、進捗連絡待ってますね」
私は、総務のカウンターそば、文房具の棚を漁ってる振りをする。
佐野くんが奥から颯爽と出て来て、営業部のパーティションに消えて行った。
男性としては、中肉中背。
いや、痩身中背。
大きな目が特徴的な、綺麗な男性。
我が社どうした、顔で人材取ってんのかな。
浦野くんは作業を手伝ってるんだろうか、その後も、本田くんに指示を仰ぐ声が聞こえてた。
インターネットが繋がらないから、特にすることもなく、みんなそれぞれゆっくりとお昼を取り、苦情の電話対応だけをこなす。
スタッフは、午後からのメンバーに入れ替わっていく。
私は18時までの勤務だから、復旧は待てない。
と思ってたら、16時頃、本田くんと浦野くん他、システム課のメンバー3人が現れた。
課長は、来てくれたかー、って相好を崩してる。
「大変お待たせしました。
インターネットを繋ぐ前に、全部のパソコンのクリーンナップを行います。
この部署だけ切り離したから、それで問題が無ければ、業務再開できるはず」
5人は手分けしてパソコンのチェックを始める。
中川くんが立ち上がり、
「ボクでできることがあればやりますよ?」
「あ、カツー、助かるー。
手順は秀太が知ってるから、そこの5台やってくれる?」
浦野くんがすぐ動いて、何をするか指示する。
こうして、20台近いパソコンが、アッという間にチェックされた。
ハードディスクまで破壊されたものが3台見つかり、「触るな」の紙を貼られて配線が抜かれた。
後日、システムに引き上げて修復するらしい。
時刻は、17時を回っていた。
メールソフトを立ち上げると、午前中から溜まっていた未処理の160件が次々に入ってきた。
戦闘開始。
結局、私は20時まで残業した。
全然終わらないけど、少しはさばけたと思う。
疲れてぐったりした体を引きずり、正面玄関から退社する。
本田くんは浦野くんと、制作のパーティションにいた。
まだ帰れないようすだった。
終
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!