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2021/10/16

第16話

十三話 花見の誘い
黄昏ホテルに来てから数日が経過した。
あれからというもの、姫鶴が夢に現れることは無かった。
私は客人という立場ながらも、次第に従業員の皆とも打ち解け始め、塚原さんに暇すぎるなら従業員になりますか?と誘われたが、丁重にお断りした。
というのも、従業員になれば部屋の変化が止まるかもしれないからだ。
そうなったら記憶の手掛かりも探せなくなってしまう。そう説明したら塚原さんは「それもそうですね」と納得してくれた。
審神者
審神者
あれ?この袴……
押し入れの中には昨日まで無かったはずの見覚えある袴が入っていて、部屋の内装がまた変化したのだろうと分かる。袴を見て私はある記憶を思い出す。
審神者
審神者
内番のお手伝い……
たまにしてたんだっけ
久しぶりに着たくなり、私は内番服に着替える。
一応作業する為の衣装なので、ホテル内を歩き回れば此処の従業員に間違われそうだ。
審神者
審神者
(私は現在社会から切り離された場所で長い時間を過ごしていた。黄昏ホテルでの生活は私にとって貴重な経験とも言えますね)
姫鶴が夢に出てきた日から今日までの数日間、私が“生きてる”ことはまだ誰にも伝えていない。姫鶴が夢に出てきた日、私は自分が“生きてる”と分かった。ただ、それだけだ。
私自身が“確信”していなければ意味が無い。
他者に言われて“分かる”のと、自分で“確信”を持つとでは訳が違う。
生きてると言われて安堵感はあったが、正直ピンと来なかった。
思い出せていない大事な事柄も沢山あるし、チェックアウトが出来ないのだ。
早く現実世界に帰りたいのは山々だが、忘れてはいけないものが大分抜け落ちてる。
審神者
審神者
(それより、どうやって私の居場所を?人じゃないから不思議な力でも使えたのですかね……?都合の良い話ではありますが)
ジッと考えていても仕方ない。
お腹が空いたので食堂へ向かって歩くと、大外さん以外にも、私と同じ日に黄昏ホテルへ来た男性が食事をしていた。
タイミングが良かったのか、男性は食事を終えたらしく、席を立ち上がって食堂から去って行く。
人を見た目で判断してはいけないが、視覚的な情報として男性のガタイの良さ、厳つそうな顔、ヨボヨボのシャツに不良歩き……怖そうな人だ。
大外聖生
大外聖生
あの男性、瑪瑙さんを口説いてたみたいだけど遠回しにお断りされたらしいね。
少し不機嫌そうだった
声を掛けてきたのは料理待ちで座席に座っていた大外さん。暇つぶしなのか、彼は去った男性の後を視線で追い、観察しているみたいだった。
審神者
審神者
そうだったんですね。一見怖そうな方でも親切な方はいますが……あの方はもしかして……
大外聖生
大外聖生
見たまんま。
恐らく、皆が抱いているイメージ通りの性格の可能性が高い。
瑪瑙さん曰く、飲み癖も悪いらしいし……担当の阿鳥さんも酒飲みに付き合えと絡まれたみたいで、流石にお断りしたと言っていたよ
審神者
審神者
阿鳥さんも大変ですね……
阿鳥遥斗
阿鳥遥斗
相手がお客様とは言え、仕事中にアルコールを飲む訳には行きませんから
いつの間に……と言いたかったが、阿鳥さんは大外さんが頼んだ料理を運びに来たらしく、ついでに私のお冷まで持って来てくれていた。
審神者
審神者
有難う御座います。
塚原さんは……?
阿鳥遥斗
阿鳥遥斗
支配人と交代で今はフロントの受付をしていますよ
大外聖生
大外聖生
あなたさん、ホテル内にいる人物の中でも塚原さんと随分親しげになりましたね
審神者
審神者
理由は何個がありますが、世間知らずな私でも気軽に話が出来る相手だったので……
阿鳥遥斗
阿鳥遥斗
音子ちゃん、細かいことは気にしなさそうだからなぁ……
阿鳥さんが素に戻り小声で呟く。
大外さんも同意見だったようで頷いていた。
大外聖生
大外聖生
けれど、あなたさんの“世間知らず”……というのは?
審神者
審神者
あ、えぇえと……強いて言うなら現実世界で“箱入り”に近い状態だったと言いますか。でも、何度も言うようにどっかの偉いお嬢様って訳でもなくてですね……。とにかく、人との関わりが限られていたと言いますか……
審神者
審神者
(自分の生い立ちの記憶は未だに不明だからな……。お嬢様じゃないのは薄々分かるんだけど……)
阿鳥遥斗
阿鳥遥斗
部屋の内装に変化は?
審神者
審神者
ありました。今着てる袴も昨日まで無かったはずなんですけど、さっき押し入れを見たら入っていて……
阿鳥遥斗
阿鳥遥斗
……担当ではありませんが、私にも出来ることがあれば何なりとお申し付けください
審神者
審神者
そうですねぇ。先程の男性、人の顔になっていましたが、最初来た時は酒瓶頭でしたよね?
私が此処へ来たばかりの時って……私、どんな顔になってましたか?
阿鳥遥斗
阿鳥遥斗
顔、ですか?
大外聖生
大外聖生
僕が見た時には既に人の顔でしたけど……
阿鳥遥斗
阿鳥遥斗
はい。最初にホテルへ来た頃から人の顔でしたよ
大外さんは「そうなんだ」と言葉を漏らし、私は「どうしてなんですかね?」と首を傾げた。
そんな私に、阿鳥さんが簡単に説明をし始める。名前が分かっていなくても、自身のアイデンティティを確立出来ていたり、自分の名前や素顔が分かっている場合は、その人のありのままの顔でホテルに来る人も居るという。過去にもそういった事例があったらしい。
だとすれば、余計謎だ。私は自分の名前を覚えてはいたが、今の自分は本当に自分なのかと分からなくなる程、不安定とも言える状態なはず。名前を覚えていたのが幸いだったのかもしれないが、どうして名前だけをはっきり覚えていたのか。
審神者
審神者
(“本名”なんて、むしろ口にする機会の方が少なかった筈なのに)
審神者
審神者
自分について未だに分からないことだらけなのに、不思議ですね……
仲間達にだって名前を呼ばれたことは無かったはずだ。いや、立場上教えられなかった記憶が僅かにある。名前を呼ばれないのが当たり前で、慣れていたし、気にしていなかったとも記憶している。
自分の名前にすら頓着が無かったのならば、どうして名前を覚えていたのだろう。
ホテルの皆に教えている名前だって、本名じゃない。誰からも名前を呼ばれることは無い。
審神者
審神者
(ん?だから、なのか?誰にも名前を呼ばれ無いからこそ、忘れないために一応自分の中で記憶していたとか?)
阿鳥遥斗
阿鳥遥斗
話を変えるようで申し訳ありませんが、あなた様ご注文はお決まりですか?
阿鳥さんに聞かれ、あたふたしながらもメニューを見て軽めの朝食を頼んだ。
阿鳥さんが厨房へ行くと、隣の席の大外さんが再び声を掛けて来る。
大外聖生
大外聖生
あなたさん、趣味とか好きな物等の記憶は思い出したんですか?
審神者
審神者
趣味、ですか?趣味は……なんだしょう。好きな物は桜ですね。あと、和菓子
大外聖生
大外聖生
好みも“和”なんですね。
そう言えば、塚原さんがあなたさんの部屋の窓の外には大きな桜の木が立っていると言っていましたが……記憶と関係が?
審神者
審神者
どうやら私、夜に……桜の木の下で斬られたみたいで。あまり詳しくは言えないんですけど
大外聖生
大外聖生
斬られた?誰かに恨みでも?
それとも……通り魔か何かで?
審神者
審神者
恨み……言い当て妙ですね。あながち間違いでは無いのかも知れません。
通り魔よりも、厄介な相手ですよ
大外聖生
大外聖生
へぇ……
大外さんは他にも聞き出そうな表情を浮かべるが、思い留まってくれたのか、それ以上は詮索しなかった。
大外聖生
大外聖生
でも、桜の木の下で斬られるとは……
これであなたさんが亡くなっていたら、まるで梶井基次郎の小説だ。
“美しい桜を見て不安になった。
何があんな花弁を作るのか。それは、爛漫に咲き乱れる桜の樹の下には死体が埋まっていて、桜の根が死体の養分を吸っているからだ。”
人が斬られる描写は無いし、今のは要約だけど……美しいものの陰に恐ろしさを感じるとも捉えられる。その桜の木の下であなたさんが斬られたことを知らず、人々は満開な桜に酔いしれて死体の上で宴でも始めるのかな
大外さんの話を聞き、私は死んでいないし不謹慎です!と怒るどころか、見覚えのある話に胸がザワついて、脳内に砂嵐の映像が流れた。
その映像には、夢で見た私そっくりな女性の姿があった。
審神者
審神者
(美しいものの陰の恐ろしさ……)
心の中でそう呟くと、また新たな映像が頭をよぎった。その方は、“三日月の瞳”を持ったとても美しく、陰のある男性。
審神者
審神者
(“三日月宗近”……。私が桜の木の下で斬られた日、その日は綺麗な三日月が出ていて、三日月宗近も共に居た。私が斬られた後、彼が仇をとった……。それが、ここに来る前に私が最後に見た光景)
審神者
審神者
……大外さん、桜は好きですか?
大外聖生
大外聖生
特別好きという訳では無いけど、嫌いでもないよ。まぁ……ずっと雨を見続けるよりかは気持ちも華やぐんだろうけど
審神者
審神者
雨?
大外聖生
大外聖生
僕の部屋の窓の外、ずっと雨なんですよ。どうも、雨の日にこちらに来てしまったみたいでね。原因は足を滑らせ、花壇の柵に……ね
審神者
審神者
そう……なんですね
大外聖生
大外聖生
死んではいないみたいだけど、まだ思い出せていない記憶でもあるのか、チェックアウト出来ずにまだホテルにいる訳です
審神者
審神者
なら、折角ですし……遠目ではありますが、桜見に来ますか?夜桜ですが
予想外の誘いに驚いたのか、大外さんは分かりやすく目を見開いている。
友人でもない、時折話をする程度の仲で馴れ馴れしかっただろうか……。
けど、ずっと雨を眺めるだけの部屋というのも憂鬱になりそうだし、少しでも気持ちが華やいでくれればそれで良い。
大外聖生
大外聖生
……桜を見るのは構いませんが、本当に良いんですか?
審神者
審神者
えぇ。一人で花見をしてても退屈なだけですから
大外聖生
大外聖生
そういう意味ではないんだけど……
ま、いいか。なら、お言葉に甘えて
暫くすると、阿鳥さんが私の食事を運んでくる。たまたま少量の食事だったので早めに食べ終えたあと、私は自室に大外さんを案内するのだった。
ルリ
ルリ
厨房の仕事が終わったから廊下に出たけど……どうして大外さんとあなたさんが一緒に……!?しかも、あっちってあなたさんの部屋じゃない?まさかとは思うけど……あ、阿鳥くーん!!