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第1話

第1話 凄腕少女スパイ ラブル
5,765
2023/03/15 23:00
──某国 会員制異業種交流会の会場にて──
ガードマン
どうぞ、お通りください
ラブル
ラブル
ありがとう
 偽造した会員証を使い、パーティ会場に潜入した彼女は、すぐにトイレに向かった。
 中に誰もいないことを確認し、小声で報告する。
ラブル
ラブル
こちらロミオ、タンゴにつきました
 バカ正直に「○○に潜入成功」と報告しないのは、周囲の人間に聞かれたときや、盗聴の可能性を想定している。
 ロミオ、タンゴはいわゆる符牒で、「ラブルはT地点に到着した」ことを表している。
ノワール
ノワール
OK、楽しんできなさい
 彼女は、A国の秘密保安組織「αアルファ機関」に所属する諜報員だ。
 コードネームは、ラブル。
 通信相手のノワールは、α機関の仲間だ。

 かけているメガネのスイッチを入れ、録画モードにする。
 カメラ機能だけでなく、通信機能も兼ね備えた最新の諜報グッズだ。
 骨伝導イヤホンの機能もあるため、メガネをかけているだけで証拠の採取、外部との通信を両立できる優れものである。


 会場は広かった。
 有名スポーツ選手、新興企業のCEO、財界の重鎮、某国男性アイドルグループのメンバー……有名人ばかりだ。
 その中に──。
ノワール
ノワール
やっぱりいたね
 ラブルのメガネを介して会場内を見ているノワールがいった。
 ターゲットである、A国の国防情報局の現役参謀長だ。
 彼は今、指名手配中のテロリストと談笑している。
ノワール
ノワール
マイクを向けて
 ラブルは首に提げている、ペンダント型ガンマイクをターゲットに向けた。
 これは向けた先にある音だけを拾うことのできる指向性マイクだ。
 周囲には人がたくさんいるし、音楽も流れている。
 だがこのマイクはそれらの雑音を排除し、ターゲットの会話だけを拾ってくれるのだ。
 その音声から、彼らが武器取引の打ち合わせをしていることがわかった。
ノワール
ノワール
よし、もう充分ね
 この映像と音声があれば、取引を、ひいてはテロを阻止することができる。
ノワール
ノワール
さ、すぐに帰りの支度を──
???
やあ、こんにちは
初めまして、ですよね?
 ラブルに話しかけてきたのは、某国男性アイドルグループのメンバーだった。
ラブル
ラブル
(たしか、シンって名前だっけ)
 アイドルに興味はない。
 しかし諜報活動においては、あらゆる情報が重要となる。
 興味のないアイドルについても、一般的な知識は仕入れているのだ。
ラブル
ラブル
(『パーティ会場にいる普通の女性』を演じないと)
ラブル
ラブル
は、初めまして!
えと、シンさんですよね!
私、ファンなんです!
シン
嬉しいね、ありがとう!
ラブル
ラブル
あの、どうして私なんかに話しかけて……?
シン
いやぁ、すごいパーティに招待されたはいいけどさ
同年代の子がいなくて困ってたんだ
ラブル
ラブル
そうだったんですね
私も困ってたので、助かりました!
 適当に雑談をして、折を見て離れようとしたのだが……。
シン
踊らない?
 目的は達成できたから、速やかに撤退したい。
 だけどここで断るのは不自然だろう。
ラブル
ラブル
え、ええ! ぜひ!
 ラブルはメガネを外した。
 このメガネは便利なグッズだが、機能性を重視した結果、デザインが酷い。
 これをかけたままダンスしたら、悪目立ちしてしまうだろう。
シン
……っ!
 メガネを外すと、シンは目を見張った。
ラブル
ラブル
どうかしましたか?
シン
いや、こんなに美少女だとは思わなくて……
ラブル
ラブル
あ、ありがとうございます!
ラブル
ラブル
(ま、素顔じゃないけど)
 素顔で諜報活動をすれば、次の仕事がしづらくなる。
 ラブルの素顔を知るのは、組織の人間、その中でも一部だけだ。
 よく「その美少女っぷりがもったいない」といわれることもある。
 だけど変装が主体の諜報員にとって、いくら素顔がよくても意味はない。

 ラブルは、シンと一緒にタンゴを踊った。
 彼と身体を密着し、情熱的なステップを踏む。
 彼のリードはとてもうまく、自然とリズムに乗ることができた。
ラブル
ラブル
とても楽しかったです!
シン
こちらこそ!
 シンはラブルの手の甲に優しくキスをした。
 周囲から拍手が湧き上がる。
ラブル
ラブル
(世界中の女性ファンを敵に回しそう……)
 なんて心配をしつつ、ラブルは会場を去った。
──秘密保安組織「α機関」本部──
ボス
今回の任務も見事だった
 ラブルの持ち帰った情報は、無事に役立ったようだ。
 ただ、報道はされず、秘密裏に処理されるはずだ。
 諜報員の仕事は、基本的に表に出ることはない。
 それが公になるのは、「失敗したとき」だけなのだ。
ボス
君の働きのおかげで大量の武器がテロリストに渡るのを──
ラブル
ラブル
次の任務は?
ボス
相変わらずせっかちな奴だな
ラブル
ラブル
私たちの仕事は、世界の平和を秘密裏に守ること
休んでる暇なんてないです
ラブル
ラブル
(私のような戦争被害者を出さないために)
(立ち止まってはいられない)
ボス
まあいい
次の任務はすでに決まっている
ラブルよ
 ボスは少し間を置き、ニヤリと笑みを浮かべた。
 ラブルに与えられた、新たな任務は──
ボス
ニホンの高校に、女子高生として潜伏せよ
ラブル
ラブル
…………
ラブル
ラブル
は?
 それはこれまでの人生でも類を見ない、意味不明な任務だった。

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