第5話

第5話 二分以内にパンを購入せよ
13,008
2023/04/12 23:00
──昼休み──
鈴木エイミ
鈴木エイミ
(そりゃ勝つわけにはいかないよね)
(ボスの命令は潜伏)
(勝ったら目立っちゃうし)
 負けたために下僕となってしまったが、仕方ないだろう。
鈴木エイミ
鈴木エイミ
(ボス以外の命令を聞くのは癪だけど)
姫野ユリ
姫野ユリ
早速だけど鈴木さん、最初の命令
購買に行ってパンを買ってきなさい
鈴木エイミ
鈴木エイミ
…………
姫野ユリ
姫野ユリ
安心して、ちゃんとお金は渡すから
 そういってユリは百円玉を投げてよこした。
姫野ユリ
姫野ユリ
ただ買いに行かせるってのもつまんないね
姫野ユリ
姫野ユリ
そうだ、二分以内に買ってきなさい
できなければ、罰ゲームだよ
女子生徒
二分以内って厳しくない?
女子生徒
ここは二階だし、ダッシュで向かっても片道一分以上はかかるよ
男子生徒
それに購買は他の生徒も殺到するから絶対無理じゃね?
姫野ユリ
姫野ユリ
文句あるの?
女子生徒
いや、そういうわけじゃないけど……
男子生徒
うんうん……
 ユリが鋭い声を上げると、生徒たちはみな視線を逸らした。
鈴木エイミ
鈴木エイミ
(なるほど、みんな姫野ユリが怖いってわけね)
姫野ユリ
姫野ユリ
あたしは鈴木さんの能力を買ってるの
だから、できると信じてる
ね、鈴木さん
 ユリは意地悪な笑みを浮かべた。
鈴木エイミ
鈴木エイミ
(α機関の諜報員を、舐めるなよ)
鈴木エイミ
鈴木エイミ
もちろん、できる
姫野ユリ
姫野ユリ
自信満々ね
失敗したら罰ゲームだから
姫野ユリ
姫野ユリ
それじゃあ行くよ、スタート!
 エイミは教室を飛びだし、廊下を駆けた。
 階段に向かうが、すでにたくさんの生徒たちがいた。
鈴木エイミ
鈴木エイミ
(このまま階段を使ったら間に合わない)
 辺りを見回す。
 階段の手前に空き教室があった。
鈴木エイミ
鈴木エイミ
(あれだ)
 エイミは教室に飛び込み、誰も見ていないことを確認して窓から飛び下りた。
 二階から地面へ、しっかりと受け身を取ることで、衝撃を限りなくゼロにして着地する。
 時計を確認すると、三十秒が経過していた。
鈴木エイミ
鈴木エイミ
(よし、行ける)
 校舎の外周を回り、玄関に向かう。
 中に入ると購買が見えてきた。
鈴木エイミ
鈴木エイミ
(まだ他の生徒は来ていないね)
 百円を取りだす。パンなら何でもいいだろう。
鈴木エイミ
鈴木エイミ
すみません、焼きそばパンください!
 無事パンを購入したが、階段から生徒が下りてきた。
 あの人混みをかき分けていたら確実に間に合わない。

 来た道を引き返し、先ほど着地した場所まで向かった。
 そして、外壁に設置されているパイプをよじ登り、空き教室に戻った。
鈴木エイミ
鈴木エイミ
(時間は、一分二十秒)
 空き教室を飛びだし、教室に向かう。
 廊下にも生徒がいたが、合間を縫うようにスルスルと走る。
 教室に飛び込み、ユリの前に到着。
鈴木エイミ
鈴木エイミ
おまたせ
はい、購買の焼きそばパン
姫野ユリ
姫野ユリ
う、嘘……
 ユリは目をぱちくりさせた。
姫野ユリ
姫野ユリ
一分、四十五秒……
女子生徒
は、はや!
男子生徒
まじかよ、間に合っちゃったよ!
鈴木エイミ
鈴木エイミ
これでオーケーですよね、ご主人様?
 少し茶化すようにいってやった。
 ユリは悔しそうな表情を浮かべるものの、すぐにかぶりを振った。
姫野ユリ
姫野ユリ
だ、ダメダメ!
このパンじゃダメ!
姫野ユリ
姫野ユリ
あたしはパンを買ってこいっていったけど
焼きそばパンは嫌いなの!
女子生徒
え、前に食べてたような……
 その言葉に反応し、ユリはキッと睨んだ。
 女子生徒は慌てて口を塞ぐ。
姫野ユリ
姫野ユリ
とにかく、今日は焼きそばパンの気分じゃないの!
あんたには罰ゲームを与える!
男子生徒
さすがにそれは横暴じゃ……
男子生徒
だよな……
 そんな声が上がるが、ユリはお構いなしに続ける。
姫野ユリ
姫野ユリ
罰ゲームは──
姫野ユリ
姫野ユリ
みんなの前で、パンツ見せなさい
男子生徒
え、まじかよ
男子生徒
ヤバくね!?
 男子たちは盛り上がったが──
女子生徒
さすがにやり過ぎじゃない……?
 女子たちは引き気味だ。

 当のエイミはというと、
鈴木エイミ
鈴木エイミ
(なんだ、そんなことでいいのか)
 安堵していた。

 諜報員の養成所にいた頃、教官の無慈悲なしごきを何度も受けてきた。
 たとえば、規定のトレーニングに少しでも遅れれば、追加で腹筋・腕立てを各百回ずつ、それを五分以内にこなさないと飯抜き、なんてあったか。
 それはまだ甘いほうで、思いだすのも苦痛な罰ゲームを数多く経験している。
鈴木エイミ
鈴木エイミ
(あの地獄に比べれば、何て生ぬるい)
鈴木エイミ
鈴木エイミ
わかった
 エイミはスカートの端をつまみ、たくし上げて見せた。
姫野ユリ
姫野ユリ
えっ
女子生徒
ま、マジ!?
男子生徒
うおおおおお!
鈴木エイミ
鈴木エイミ
(私の色気のない下着なんか見て、嬉しいのかな)
姫野ユリ
姫野ユリ
あ、あんた、頭おかしいんじゃないの!?
鈴木エイミ
鈴木エイミ
罰ゲームは終わりですか、ご主人様?
姫野ユリ
姫野ユリ
も、もういい!
 ユリは怒って教室を出て行った。
湯川サエ
湯川サエ
す、すごい……!
どうやったんですか!?
湯川サエ
湯川サエ
普通は間に合わないですよ!?
鈴木エイミ
鈴木エイミ
え、普通は間に合わない?
鈴木エイミ
鈴木エイミ
(しまった、ついつい目立つことをしてしまった)
(これからは気をつけないと)
鈴木エイミ
鈴木エイミ
え、えーと
鈴木エイミ
鈴木エイミ
ただのマグレ……?
湯川サエ
湯川サエ
アハハ、何ですかそれ!
 ユリは焼きそばパンをかじりながらスマホをいじっていた。
姫野ユリ
姫野ユリ
(バカにしやがって……!)
(許さない、鈴木エイミ……!)
(あたしをコケにしたこと、後悔させてやる!)

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