第10話

第10話 任務完了
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2023/05/17 23:00
 姫野ユリは、首元にナイフを当てられ震えていた。
リュウジ
そいつを解放しろ
 エイミは舌打ちし、チンピラ風の男から離れた。
リュウジ
おい、大丈夫か
チンピラ風の男
う、腕を折られました……
リュウジ
ちっ、情けねぇな
立てるか?
チンピラ風の男
な、なんとか……
リュウジ
よし、その女を拘束しろ
チンピラ風の男
へい……
でも、その前に──
 チンピラ風の男は、地面に転がっていた角材を拾った。
 それを使い、エイミの頭を殴る。
鈴木エイミ
鈴木エイミ
くっ……
 エイミは倒れ伏した。
 男はお構いなしに、何度も角材を振う。
姫野ユリ
姫野ユリ
やめてっ!
エイミが死んじゃう!
リュウジ
おい、それくらいにしとけ
死なれると面倒だ
チンピラ風の男
わかってます
 チンピラ風の男は、地面に角材を叩きつけた。
チンピラ風の男
この程度で済むと思うなよ
後で滅茶苦茶に犯してやるからな
チンピラ風の男
俺が一番でいいっすよね!?
リュウジ
ああ、特別に譲ってやる
チンピラ風の男
へへ、ありがとうございます
 ユリは、絶望からへたり込んでしまった。
姫野ユリ
姫野ユリ
(もう、終わりだ……)
 リュウジは、倒れ伏すエイミに近づいていった。
リュウジ
それにしても、この女、何者──
 その瞬間だった。

 気絶していたはずのエイミの身体が、勢いよく跳ねた。
 ブレイクダンスのように身体をうねらせ、リュウジの顔面に蹴りを入れる。
リュウジ
ぐあっ!
 鼻血が吹きだし、リュウジは戸惑う。
 エイミは蹴りを入れた勢いそのままに身体を翻し、体勢を整えてリュウジに突進していった。
 女子高生とは思えぬ瞬発力、跳躍力で跳びかかる。
 リュウジの頭を抱え込み、脇腹で押さえつけた。
姫野ユリ
姫野ユリ
(う、うそ……)
(あんな大男を一瞬で……!)
 リュウジは激しく暴れるのだが、エイミはびくともしない。
 エイミの右腕は、リュウジの首をガッチリと固定している。
リュウジ
ぐ、が、が……
鈴木エイミ
鈴木エイミ
残念、もう毒はないから
このまま落とすよ
 感情を感じさせない声でいうと、まもなくリュウジは動かなくなった。
 ズボンが黄色に染まっていく。
 小便を漏らしたらしい。
姫野ユリ
姫野ユリ
(す、すごい……)
鈴木エイミ
鈴木エイミ
さて、と
 エイミは、チンピラ風の男に向き直った。
鈴木エイミ
鈴木エイミ
最後はあんただね
 チンピラ風の男は腰を抜かしていた。
 逃げようとするが、腕を折られていることを思いだし、激痛で大声を上げた。
チンピラ風の男
ひ、ひいいい
す、すみませんすみません!
全部リュウジさんに指示されたことなんです!
 エイミは地べたに転がっていた角材を拾い上げた。
鈴木エイミ
鈴木エイミ
さっきはよくも殴ってくれたね
チンピラ風の男
あ、それは、その──
鈴木エイミ
鈴木エイミ
けっこう痛かったから
倍返しね
チンピラ風の男
ひっ──
 エイミは角材を振り上げ、勢いよく振り下ろした。
チンピラ風の男
ひ、ひえええええ
 ガァン!


 ──しかし、頭にはヒットしなかった。
鈴木エイミ
鈴木エイミ
なーんて
 エイミは、地面を叩いていた。
チンピラ風の男
あ、あ……
 チンピラは、そのまま失神した。

 ユリが呆然としていると、
鈴木エイミ
鈴木エイミ
大丈夫?
 エイミが近づいてきた。
鈴木エイミ
鈴木エイミ
怪我はない?
 正直、理解が追いついていない。
 エイミが何者で、何でこんなに強くて、かっこよくて──だけど、見惚れるような笑みを浮かべて……。
 本当に、いったい何が何だか、サッパリわからない。
姫野ユリ
姫野ユリ
(でも、一つだけわかる)
(あたしは、エイミに助けられたんだ)
 そのことを理解した瞬間。
姫野ユリ
姫野ユリ
う、う……
 堪えていたものが、一気にあふれだした。
姫野ユリ
姫野ユリ
う、うわあああん!
 ユリはエイミに抱きつき、わんわんと泣いた。
 エイミはユリをなだめた後、仕上げに取りかかった。
 ユリが脅される原因となった写真について。
 リュウジらのスマホを一つひとつあらため、削除していった。
鈴木エイミ
鈴木エイミ
(仮にネットにアップしていても、ノワールに任せれば大丈夫)
(他の媒体に保管されたとしても、警察に押収される)
 すでに警察には通報済みだ。
 リュウジら半グレ集団は、ここを根城に薬物の取引、児童ポルノの売買など行っていた。
 余罪もたくさんあるだろう。
 ここには言い逃れできないほど、たくさんの証拠が残っている。
鈴木エイミ
鈴木エイミ
(しばらくは豚箱から出てこられないでしょうね)
 ──翌日──

 エイミは、姫野ユリに呼びだされて屋上にいた。
姫野ユリ
姫野ユリ
あ、あの
昨日は、ありがとう……
鈴木エイミ
鈴木エイミ
いえいえ
ご主人様のためですから
 ユリは気まずそうに視線を逸らした。
姫野ユリ
姫野ユリ
──それにしても、あんた何者なの?
あんなヤバイ男たちを一人でやっつけちゃうなんて……
鈴木エイミ
鈴木エイミ
(さて、何て説明しようか)
姫野ユリ
姫野ユリ
あたしのパパ、警察署長でさ
記者会見で昨日の事件について発表したんだけど……
『取調べにおいて、半グレ集団をとりまとめていた男が証言するに』
『たった一人の女子高生にやられた、とのこと』
姫野ユリ
姫野ユリ
なんていったんだよ
『薬物で妄想に囚われてるかもしれない』って補足してたけど
『ただ、誰が半グレ集団を壊滅させたかは不明』
姫野ユリ
姫野ユリ
って事実は変わらないからね
謎の事件ってことになってるんだよ
鈴木エイミ
鈴木エイミ
(ちょっと派手にやり過ぎちゃったか)
鈴木エイミ
鈴木エイミ
本当のこと、お父さんに話しますか?
姫野ユリ
姫野ユリ
まさか、そんなことしないよ
ていうか、信じてもらえる自信がない
あたしだって、まだ信じられないし……
鈴木エイミ
鈴木エイミ
それじゃあ、黙っててくれませんか?
 エイミは深々とお辞儀した。
鈴木エイミ
鈴木エイミ
お願いします、ご主人様
 少しの間があり、ユリがいった。
姫野ユリ
姫野ユリ
──いいよ
姫野ユリ
姫野ユリ
でも条件がある
 頭を上げると、ユリは微笑を浮かべていた。
姫野ユリ
姫野ユリ
その……
あたしと、友だちになってくれない?
鈴木エイミ
鈴木エイミ
下僕とか、命令とかはもういいんですか?
姫野ユリ
姫野ユリ
うん
それから、敬語もやめて
あたしたち、友だちになるんだから
 どういう心境の変化かはわからない。
鈴木エイミ
鈴木エイミ
(でも、好都合だね)
(これで情報が漏れることもないだろう)
 エイミの心の中にあるのは、諜報員としての打算のはずだ。
 だけどそれとは別に、心の奥深くで、ほんのりとした温かみを感じた。
鈴木エイミ
鈴木エイミ
よろしくね、ユリ
姫野ユリ
姫野ユリ
よろしく、エイミ!
 その温かみの正体はわからない。
 でも今は、この流れに身を任せておけばいいはずだ。
 エイミとユリは、握手する。
 エイミにとって、生まれて初めての友だちができた。

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