ボクは彼女に聞こえる最小の声で呼んでみた。肩をビクッと震わせ、くるりとこちらを振り向いた。緩いフリルの着いた白い春物のポロシャツに、ふわりとした綺麗な桃色のスカートに身を包んだ物語の妖精。いや、お姫様のような可愛らしい私服の春野さんに惚れ直してしまった。普段から想像する彼女スタイルの春野さんと似たような服で、何だか嬉しくなる。そんな僕を見てキョトンと首を傾げてから、桃色のリボンの着いた可愛らしいストラっプシューズパタパタと小走りで駆け寄ってくる。心臓の音がMAXまで達しそうだ。これが恋愛漫画でしか聞いたことの無い「キュン死」というものなのか。なんて幸せな死に方なんだと、2次元、リア充界での手に届かないはずの言葉を現実で実感していく。そう。僕は今幸せだ。喜びながら、彼女が病院へ来た理由を聞いてみる。彼女は小さめの肩掛けの白く、ゴールドのワンポイントの目立つ、可愛らしいバッグからノートとペンを取り出すと、
と書いたページを見せてきた。通ってる?彼女はどこか悪いのか?急に心配になってくる。そんな感情が顔に出てしまったのか、春野さんは、
と書き、下に親指をピンと張り、グッドポーズをした猫の絵を添えたページを開いた。ホット胸を撫で下ろすと、ちょうどその時
「生口優大さん。」
と、名前が呼ばれた。もっと春野さんと話したかったなんて考えてしまうが、僕はそそくさと薬をもらいに行った。錠剤の入った紙袋を受け取り、保険証とお金を出し、くるりと振り向いた。すると、何やら彼女は行きつけの医者だろうか、やけに親しく医者と話している。それも手話で。やはり彼女は人見知りなんかではなく話せないようだ。しかし一体どうして…考えては不安が大きくなってしまうので、春野さんともう一度話すことを諦め、ドアへ向かう。途中でもう一度彼女を見た時、医師から大量の薬と使い方のよくわからない注射器のようなものなどを手渡されていた。一気に不安が大きくなる。目の前が一瞬モノクロ世界になった。彼女は一体なんの病気なんだ?そんなにも酷い病なのか?話さないのとどう言った繋がりがあるんだ?どんどん大きくなっていく不安は、やがて最悪の結果へと膨らんだ。首がもげるんじゃないかという程のスピードでぐるりと背を向け、ドアへと進む。息が出来ているのか、心臓は動いているのか、ちゃんと歩けているかなど心配になるほど、僕は取り乱していた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!