前の話
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「早く!早く!」
君の手をひきながら、二人、急いで走る。
突然降ってきた雨に少しでも濡れないためだ。
雨宿りに入ったのは、橋の下だ。
二人同時に安堵のため息をもらす。
はー……
ふと君に目を向けると、
少しだけ白いブラウスのしたから下着が透けてしまっていた。
……だめだ、目のやり場に困るではないか。
そんな君は、透けているものよりも、
自分の前髪を気にしている。
その動作にさえ、目のやり場に困っている僕がいた。
君から視線を外す。
なぜだ、なぜだ、
どうしていつもと変わらないぞ、君の前髪は。
それより自分がどんな状況になっているのかを気づいてくれたまえ。
ここは僕が君に自分の上着をかけてやるべきなのだろうか。
そういうことをやってあげるほど、僕は余裕が無かった。
なぜなら、雨で濡れた髪をかきあげたりする様をみて、なぜか心臓が早くなっているからである。
降り始めた雨は豪雨になった。
これは止みそうに無いな……
どきどきどきどき……
おかしいな、なぜ動悸が早くなるんだ。
分かった、さっきからのこの動悸は、この豪雨のせいで無事に家に帰れるかどうかの心配をしているからなのではないか。
なんだ、そうだったのか、
そうだ、きっとそうに違いない。
そう思うとなぜか安心した。
もう一度君へ目を向けると、
君と目が合ってしまった。
君はニコッと笑う。
その瞬間、君と僕の、影は重なった。
雨は止み、雨上がりの晴れた空と、濡れた地面と、二つの影だけがあった。
雨は止んだというのに、僕の動悸は早くなる一方だ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!