第5話

音楽の授業と国語の授業は大変〜 5
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2020/05/31 02:53
この世で一番大嫌いな授業。

それは音楽だ。

音楽の授業になると、結構憂鬱になる。

廊下を歩く二年は組の雑渡昆奈門は、怪しくも音楽室の前をうろついていると

「雑渡!雑渡!」

「?」

怒る口調で走って来たのは、音楽の教員、大黄奈栗野木下穴太だ。

「何ですか?先生方」

「お前は何人見えているんだ?私一人だぞ。そんな事より職員室に来い!」

先生の職員室に来いは、一つ、頭ごなしに叱られるか、二つ、お菓子を分けてくれるか、三つ、「大きな栗の木の下」を一緒に歌うかの三つの思考パターンが考えられる。

「何で?」

だが、この流れ的に一つ目の方であろう。

昆奈門は警戒心を張り巡らせる。

「教えられるかそんな事」

口元が緩み腕を組む。

「はぁ」

ついついため息を吐き、決闘が始まる。

仕方ない。

力付くでも吐かせてやるか。

この手のやり方は嫌い何だがな。

「大黄奈栗野木下ティーチャー」

満遍に喜色をたたえてミュージカルが大好きな先生の弱みを握る。

歌は「大きな栗の木の下」です。

「な〜んでそこだけ英語なの〜?」

さすがミュージカルに弱い先生。

一発で乗ってくれた。

「どーして私を呼び掛けた?」

「成績の悪さ怒る為」

「げっ!」

やはり成績の悪さを叱る為に職員室に来させようとしていたらしい。

「そーれは大変一大事 今すぐこの場から消えなくちゃ」

「お前のせいで話しちゃった!」

逃げようとする雑渡の肩を掴み、引き止める。

「言ったら逃げること知ってたのに」

「大黄奈栗野木下め〜!私は簡単に捕まらないぞ!」

バッと離れ、指を差して宣戦布告。

「成績の悪さは謝ります。だ〜けど絶対行かないぞー!」

「大黄奈栗野木下穴太、お前を絶対連れて行く。何故なら私は音楽の〜教員なのだから〜」

完全に負けた昆奈門は物憂げで口も利きたくない程に落ち込み、背を支えられて職員室へ向かって行く。

「最初から素直に職員室に来れば良かったんだ。がっはっはっはっはっ」

勝った先生はとても余裕。

「庄左ヱ門、どうしたの?」

するとそこへ、一年は組の下坂部平太が美術の授業を美術室で行う為に移動をしていた途中、一緒に歩いていた黒木庄左ヱ門が立ち止まったので、釣れて立ち止まり聞いたのだ。

「雑渡先輩。音楽の授業は嫌いみたいだけど、大黄奈栗野木下穴太先生とのやり取りは、大好き何だよね」

冷静な分析痛み入ります。

職員室に連れられて行けば、穴太先生の横の席でカップ麺の味噌味を食べていた山本陣内が、昆奈門と目が合った途端に吹き出してしまう。

「ぶふっ!」

今度は何をやらかしたのか、教員兼父親はひやひやしてしまう。

「雑渡。お前は何をやらかしたんだ?」

「山本さん。呑気に食べている場合ではございません!雑渡の音楽の成績が悪過ぎるので取っ捕まえて来ました」

タイヤ付きの背もたれのある椅子に座り、彼は長い脚を組む。

「成績?お前オール四じゃなかったのか?」

吹き出した際に顔に跳ねたものをハンカチを作って拭き、カップを机の上に置く。

「自称オール四」

「だ〜!!」

ついに観念したのか、昆奈門は素直に教えると、陣内はついついひっくり返ってしまう。

「本当はオール一」

最悪な成績だ。

「お前な〜」

椅子と共に立ち上がって座り、腕時計に目を向ける。

「もうこんな時間か。一年い組の抜き打ちテストだ」

生徒分のテストを手に、彼は立ち上がって職員室から出て行く。

「さて雑渡。お前は授業に出てるくせにいつもいつも」

「ご〜めんなーさーい」

今度は「お正月」で攻める。

「良いですよー」

かっる!

「だ〜!」

案外軽く終わったものだからついついひっくり返ってしまう。

一方、一年ろ組では。

「授業を始める」

廊下側の席に座っているやまぶ鬼の前に立って抜き打ちテスト用のプリントを配ろうとしているのだが

「ワンワンワンワンワン」と、とてつもなく教室は喧噪していた。

「だの前に!誰だ!?犬を連れて来たのは〜!」

教室を走り回る犬が狂ったように吠え、摂津のきり丸が五匹の犬のリードを引っ張っていた。

「ごめ〜ん先生。小銭探してたら犬が迷い込んでて、引き取ってくれる人を探すから孫次郎と、伏木蔵が、内緒で」

「内緒も何も無いだろう?犬が教室にいるんだから!自分の寮で飼う気か?」

彼の机の上に座って長い脚を組む。

「先生〜。ダメ?孫次郎のあの可愛い粒らな瞳を思い浮かべて見なよ。涙目になってうるうるしてて、まるでリスみたいに可愛かったぜ?なぁ、先生。頼むよ〜」

「バウバウバウ!」

舌を出して大暴れ。

「うわ〜!!」

興奮して走る犬は一直線に陣内の元へ。

「待て待て待て待て待て!お座りー!!」

大きな声で言い放てば、急ブレーキをかけた犬が突然伏せ

「いや〜!!!!」

その勢いできり丸が吹き飛んできたのだ。

「うわ〜!!」

そのまま先生に激突し、教卓にぶつかる。

「きり丸〜!!」

「山本先生何なんですか?犬の声はしてうるさいですし、生徒たちが全然集中してくれませんし」

一年い組で英語の授業をしていた土井半助と

「私は、「暗闇のお姫様」の感想文を書かせているのですが」

二年ろ組で感想文を書かせていた斜堂影麿先生も苦情を言いに来たのだ。

どんな授業をさせてるんだよ。

て言うか、誰が何の為にその本を書いたんだよ。

「土井先生、斜堂先生聞いてくださいよ。きり丸が」

「だから、ちゃんと飼うと言ってるではありませんか」

上半身を起こして正座する。

「この数をどう飼うと言うんだ〜!?」

頭ごなしに怒る陣内の声は、学校中に響き渡ったと言う。

「?」

音楽室で適当にリコーダーを吹いていた雑渡は、教員兼父親の声が聞こえ、「ふっ」と鼻で笑う。

「可愛い〜♪」

兵太夫や三治郎たちは犬にメロメロで授業どころではない。

「はぁ。もう〜」

先生たちの苦労は、生徒たちには分からない。

その頃二年ろ組で、読書感想文を書いていた生徒たちの心が萎えていた。

「こんなの、もう嫌〜」

机の上に上半身を倒したゆきは、嫌過ぎて涙目になっていた。

「鬱になりそう」

「同じく」

不和雷蔵と田村三木ヱ門の顔は、気味悪いくらいに青ざめていた。

そして、取り残された一年い組では。

「土井の奴。帰って来ないじゃないか」

腕を組んでイライラしている諸泉尊奈門の隣の席に座っている山村喜三太が声を掛けたのだ。

「ねーねー諸泉」

「何?」

特に顔は向けずに返事だけは返す。

「家では土井先生の事、何て呼んでるの?」

「うえっ?そりゃあとう……………」

とたん

「!!!!!?」

しまった。

迂闊にもいつも呼んでいるように。

「父さん」と呼んでしまうところだった。

そんな事をこんな口の軽い奴に言ったら!

全生徒!

いやっ!

全世界に広まってしまう!

「そりゃあ、土井と呼んでる」

言い直し、額から一筋の汗を流して腕を組み、口元が緩む。

「そうだよね〜?「お父さん」何て呼べないよね〜?」

「あ、当たり前じゃないか〜。あっはっはっはっはっはっ」

ボー読みで、しかも無理して笑ってるのがバレバレ。

「あっはっはっはっ」

危なかった。

仲良いと思われてしまっては。

本当に恥をかいてしまう。

「?」

ふと、窓側に座っていた鶴町伏木蔵は窓の外に顔を向けると

「!!!!!?」

学校を囲っている森の中は、霧が海のように辺りを浸していたのだ。

「すん〜ごいスリル〜」

キラキラと目を輝せ、頬を染め口元には笑みが。

「あとで陣内左衛門先輩呼んで行こ〜」

三年は組では、山田伝蔵先生の社会の授業を受けていた高坂陣内左衛門は、室町時代に関する事をノートに写していた。

黒板には、「足利義満」の生き様が描かれていて、平滝夜叉丸や椎良勘介、北石照代たちも真剣にノートに写していた。

「いけいけどんどん。いけいけどんどん」

そんな中七松小平太は、ただ足利義満と名前を書いているだけでこの人物のしていた事柄は全く写してない。

「ねぇちょっと、小平太」

その隣で写していた斎藤タカ丸はひそひそと声をかける。

「何だ?」

皆静かに集中している中、全く気にせずいつもの声で返事をしたものだから

「しー!静かに」

山田伝蔵の目を気にしながら喋り続ける。

「小平太の「いけいけどんどん」てさぁ。それ、独り言?」

「独り言ではなーい!」

ついついガタッと立ち上がってしまい、ビッと綺麗に人差し指で差す。

「やる気だー!」

やる気を「独り言」だと思われてはこっちは溜まったものではない。

「やかましいー!」

机の前で先生の目に止まってしまった小平太に、辺りに響くような大きな声で怒鳴る。

「だは〜!」

その迫力に彼は吹き飛んでしまう。

「!!!!!?」

自分の父親の声が聞こえた山田利吉は、野村雄三先生の数学の授業で抜き打ちテストをしていたのだが、手が止まり廊下の方に顔を向ける。

親父。

誰に怒ってるんだ?

おっと、集中しなくては。

プリントに顔を向け、気にせず書き出す。

「誠にすみません」

床に正座して反省する小平太はぶすくれていた。

山田伝蔵の後ろでは、席に着いたまま謝るタカ丸の姿が。

「………………………………………」

何も気にせず陣内左衛門は書き写していると

「!!!!!?」

突然嫌な予感が背筋を冷たく流れたのを感じ、彼はキョロキョロと辺りを見回す。

何だ?

この予感は。

ふと頭に浮かんだのは、一年い組の鶴町伏木蔵だった。

伏木蔵でない事を願う。

鶴町伏木蔵と一緒に居ると、「スリル」とか「サスペンス」とか言って、どんなところにも連れて行かれるので、学校に居ても家に居ても彼から逃げる事は出来ない。

だが、その予感がピッタリと的中する事になるとは、まだ、本人は知らないのであった。

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