授業が終わり、三年は組の北石照代が向かった先は、生徒たちとは正反対の放送室だった。
引き戸を引いて中に入り、マイクのスイッチをオンして話し出す。
『皆さんこんにちわ!三年は組の北石照代です!今日、皆さんの為に沢山の生徒さんたちからCDが送られて来ました〜!ありがとうございます』
食堂では、沢山の生徒たちで賑わいでいて、学食のおばちゃんはせっせと生徒の要求に合わせて大忙し。
AセットBセットCセットと種類があり、それは毎週変わる。
Aセットは、親子丼・牛丼・うどんとなっており、プラス味噌汁か、選べるスープ付きとなっている。
Bセットは、アジフライ・豆腐フライ・白身魚のフライとなっており、プラス味噌汁か、選べるスープ付きとなっている。
Cセットは、カルボナーラ・和風キノコのパスタ・五種類のチーズペンネとなっており、プラス選べるスープ付き。
選べるスープは、ミネストローネと中華スープ。
味噌汁はじゃがいもと玉ねぎの味噌汁。
食堂のドアに貼られているのは本日の献立であり、仲の良い二年ろ組のゆきと、二年い組のともみ、そして、一年い組のシゲは目を通していた。
「ど〜するともみちゃ〜ん」
「変わらず、定番のカルボナーラとミネストローネ♪」
彼女のお気に入りは、カルボナーラとミネストローネであり、食堂のおばちゃんに「いつもの」と言うだけで分かってくれる、カルボナーラの常連みたいなものだ。
「私はアジフライにするでしゅ」
食堂に入り、先ずは空いている席の確保から入る。
伸びている長蛇の列が終わるまで、たまたま空いていた丸テーブルを囲んだ五席の三席を取り座っていると
「あれ?君たち、ここで食べるのかい?」
親子丼と味噌汁のセットをトレーに乗せて運んできた、三年い組の山田利吉の姿が。
「利吉せんぱ〜い」
女子生徒たちの憧れの的、利吉先輩が来れば、女子の目がハートになってしまう。
「壮太。ここは女の子に譲って、空いている席に行こうか」
「あっ。おう」
その後ろに居た同じクラスの反屋壮太は、アジフライと味噌汁を乗せたトレーを持ったまま頷き、二人は違うところへ行ったのだ。
席を取らずともどこか空いていると思って、何も置かずに先にこの二人は注文してきたのであろう。
「あ〜ん!利吉せんぱ〜い!」
「そんな気を使わずとも!」
シゲとゆきは腕を伸ばして引き留めるも、二人の背はどんどんと遠くなっていく。
「お腹空いた〜」
「空いたでしゅ」
一向に長蛇の列が治らず、女子三人はお腹が空いてテーブルの上に上半身を倒して待ちくたびれていると
「?」
ともみの前にトレーが置かれ、そこにはお目当てのカルボナーラとミネストローネが。
「えぇ!?」
ガバッと上半身を起こして置いた相手を見ると、そこには二年は組の雑渡昆奈門の姿が。
「雑渡!」
「えぇっ?」
二人も顔を上げて見
「!!!!!?」
チャンス!
ゆきはスマホを片手に気付かれないように無音のカメラを起動させて二人の姿を写真に収めたのだ。
「ど、どうして?」
額から一筋の汗を流し、目には驚愕の色が。
「ともみの「いつもの」は心得てるから」
口元に笑みを浮かべ、腕を伸ばして頭を撫でる。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜//////」
とたん、カアァッと顔が熟れすぎたトマトみたいな色になり、瞳が揺れ、心臓がどんどん膨らんで肋骨を突き破るんじゃないかと思うほどドキドキしてしまう。
「じゃあな」
スルッと離れ、また彼は並び直しに列へと向かったのだ。
「きゃ〜!」
舞い上がるゆきはガタッと身を乗り越え
「脈ありでしゅ!脈ありでしゅ!」
シゲも舞い上がって女心を擽られる。
「うわ〜!熱いわ〜!」
一気に盛り上がったせいか、顔が熱くなり額の汗を拭う。
「ちょっとちょっと!変に盛り上がらないでよ〜!」
そう言うも、顔が赤いので説得力が無い。
列に並んでいると
「雑渡〜」
「?」
横を向けば、そこには踏み鋤を持った同じクラスの綾部喜八郎の姿が。
「お前の「いつもの」は俺が得とくしたから来いよ」
「ありがとう」
列から外れて、雑渡の為に席を取って置いた彼に導かれて向かう。
五人掛けのテーブル席であり、そこには二年い組の立花仙蔵と、久々知兵助、そして、三年は組の高坂陣内左衛門が座っていた。
仙蔵はBセットの白身魚と味噌汁のセットを食べていて、兵助は大好きな豆腐フライのセットを食べていて、陣内左衛門はAセットのうどんを食べていた。
「雑渡のいつものは、本当に少ないな」
立花はトレーの上に置かれたものを見るなりそう口にする。
「何で?」
トレーの上には、蜜がぎっしり詰まった、爽やかな甘味と酸味、瑞々しい果汁が口いっぱいに広がるような真っ赤な熟したりんご一つと、茹で卵二つと塩が。
「昼はあまり食べれないからな。夜はガッツリだけど」
朝はこだわってパン三枚、そして昼は茹で卵二つとりんごなのに、夜はいつもガッツリと食べると言う、不思議な胃袋をしている。
『てな訳で。歌と共に食事を楽しんでください!』
まだ続いていたのか、照代の声が響き、マイクがオフになりCDが流れる。
流れたのは、ここの人物たちとは全く関係の無い歌。
「?」
食べている途中で手を止めている者、気にせず食べている者、ドアの前で何を食べるか悩んでいる者、話に夢中になっている者もいるが、多数は騒ついてしまう。
『やだ!誰よ!?』
わざわざマイクをオンにして、突然のトラブルに戸惑いを隠せない。
『ドンボラボールの「ベジタブル様のクッキング」を持ってきたのは!』
「だ〜!!」
生徒たちや先生方はひっくり返ってしまい、学校が崩れる。
「な、何で?」
並んでいた一年い組の諸泉尊奈門はずっこけている。
「ドンボラボールか。丁度そこに現役のきり丸と喜三太がいるじゃないか」
指を差した方向には並んでいるきり丸と、五人席の丸テーブルで一緒に食べている一年い組ので皆本金吾、一年ろ組の任暁左吉、一年は組の佐武虎若、そして、喜三太の姿が。
「いやそれシャレにならないぞ」
雑渡の肩を掴んでついつい突っ込んでしまう仙蔵と
「言わせませんよ?」
その横で口を塞ぐ兵助。
『気を通り直してもう一度!食事と共に「四方八方手裏剣」をどうぞ!』
流れれば、いつもの歌に安心感を得て生徒たちや先生方の調子が戻る。
「えっと〜。えぇっと〜」
そんな中、ドアの前では二年ろ組の不破雷蔵がまだ悩んでいたのだ。
「Aセットにすべきか、Bセットにすべきか。将又Cセットにすべきか」
「僕は、ABCどれも食べる〜!」
そう言い、一年は組の福富しんべヱは走って食堂へ入る。
「えぇっと〜」
そんな、彼の影響は一切受けず、悩みに悩みまくる雷蔵。
「焼きそばパン無かった〜!予習してたのに〜!」
そんな中、食堂の中ではあれ程焼きそばパンをもらう時の予習をしていたのに、焼きそばパンが無かったことに悔やみ、蹲って床をポカポカと殴る二年ろ組の浦風藤内。
「高坂陣内左衛門せんぱ〜い」
とたん、親子丼とコンソメスープのセットをトレーの上に乗せて運んで来た、一年い組の鶴町伏木蔵が迫って来たのだ。
「むぐっ!!!!」
食べていた彼は喉に痞え、味噌汁をゴクゴクと飲む。
「あっつ!」
踏んだり蹴ったりの高坂は、その嫌な予感が的中した事に気付いた。
あの悪寒は本物だった!
「な、何だ?伏木蔵」
「食べ終わったら体育館裏に来て下さい」
そう言い、彼はルンルン気分で席を探しに行く。
「陣左。相手が見付かって良かったじゃないか」
茹で卵に塩を振りかけて食べる雑渡の口元が緩む。
「ご冗談を!」
体育館裏と言えば決闘か告白のどれか。
ふざけていても全く冗談が通じない。
「呼んだか?」
するとそこへ、Cセットの和風キノコのパスタとミネストローネのセットをトレーに乗せて運んでいた、三年ろ組の五条弾が来たのだ。
「お前など呼んでない!」
「何だよ呼んだくせに」
ぶつぶつ言いながら歩いて行き、二年は組の川西左近、三年い組の食満留三郎、山田利吉、反屋壮太が座っている五人掛けの席に向かったのだ。
「やっとご飯にあり付けるでしゅ」
「もっと早く行かないとダメね」
やっと番が来て要約席に戻って来れたゆきとシゲは席に着き、二人が来るまで食べていなかったともみは待っていたのだ。
「待たせてごめんでしゅ」
「ゴメンねともみちゃん。せっかく雑渡が持って来てくれたのに」
「い、良いの良いの!皆で食べる方が美味しいから」
下手な笑みを浮かべて手を振る。
「食べましょ」
「うん」
満遍に喜色をたたえてコクッと頷き、二人は食べ始める中、彼女はチラッと、遠目だが、頬杖をついて茹で卵を食べている昆奈門の横顔を揺れる瞳で見詰め、頬を染める。
「………………………………………」
あんたが思ってる程。
私は可愛くない。
持って来てくれたのにお礼も言えなかったんだから。
でも。
全然。
好きじゃないんだからね!
食べ終えた生徒たちは戻りつつあり、まだ食べている生徒もいて様々だが
「よぉし決めた!牛丼セットにするぞ!」
やっと雷蔵の食べたいものが決まり、中に入ったときには少人数しか居なかった。
「あ、あれ?」
悩みすぎたな〜。
カウンターの前に行き、食堂のおばちゃんに注文する。
「すみません。Aセットの牛丼と、味噌汁、お願いします」
「雷蔵くんやっと来たのね。中々来ないからおばちゃん心配してたわよ」
あれだけ悩みに悩んで他の生徒たちも居なくなれば、心配して当然だ。
「す、すみません」
「あとそれから。雷蔵くんの他にも、まだ来てない子がいるのよ」
「?」
これだけの生徒を見ているのに、まだ来ていない生徒が分かるとは。
一体、どれ程悩んでいる生徒なのであろう。
「食堂はどっちだ〜?」
「食堂はあっちだ〜!」
学校内を走り回っている、二年い組の次屋三之助と、二年は組の神崎左門の存在だった。
「はぁ。美味しかった」
ゆきとシゲと別れて、満足して教室に戻ろうとした途中
「?」
二年は組の窓側の席には一人、雑渡昆奈門が頬杖をついて長い脚を組んで座っていたのだ。
「………………………………………」
雑渡。
何だか、彼を見るだけでも胸がドキドキして高鳴り、顔を染めてしまう。
違う。
好き何かじゃ、無いんだから。
「?」
とたん、スカートのポケットに入っていたアイフォンが振動し、彼女はアイフォンの画面を見れば、ゆきからの「リネ」だった。
ゆきちゃん?
リネを開き、画像が添付されていたので見ると
「!!!!!?」
カアァッと顔が熟れすぎたトマトみたいな色になってしまう。
その画像は、雑渡と自分の間に上手くピンク色の傘を加工して相合い傘になっていたのだ。
「止めてよこんな!」
思わず声が出てしまい、画面を閉じてアイフォンを握る。
「どうしたの?」
「わっ!」
バッと見ると、ほのかに口元に笑みを浮かべている昆奈門の姿が。
「な、何でも無いわよ!」
ダッと走り、その場から居なくなってしまう。
「?」
「どした雑渡?」
とたんそこへ、綾部喜八郎が戻って来て、踏み鋤を抱えていた。
「可愛子ちゃんに逃げられた」
禁止されているタバコを咥えて、彼は綾部が戻って来た方面へと歩いて行く。
「ここに可愛い子何て居た?」
「はぁはあはぁはあはぁはあはぁはあはぁはあはぁはあ」
駆け込んだのは教室ではなく女子トイレ。
「ふぅ」
またリネを開いて画像を見るなり、瞳が揺れ、頬を染めてしまう。
雑渡。
何よ!
ただご飯を持って来てくれただけじゃない!
特別な事何かじゃないわよ!
変にドキドキして!
私のバカ!
別に。
好き何かじゃ、無いんだから。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。