病室で、何もせずに……ただぼーっとする。
今までの記憶に〝霞〟のようなものが掛かって、とても良い気分とは言えなかった。
傷だらけの、男の人。
あの人の、辛そうに笑った顔が……脳裏に焼き付いて離れない。
皆のことは覚えているのに、なんであの人のことだけ思い出せないんだろう。
「___お前の事、誰よりも愛してっから。」
そう言って、笑いかけてくれたのは、誰だった……?
あまりにも優しい声音だ。
今聞くと、泣きそうになる。
そう、零した直後だ。
ドアが開いた。
* * * *
弱々しく笑う、幼馴染。
……辛かった。
〝好きな人〟の、そんな姿を見るのは。
不死川先生に、腹が立った。
あなたの事、大好きなクセに。
愛してるクセに、どこか諦めた顔をした不死川に、腹が立った。
___あなたの彼氏なんだよ。
そんな、最低な嘘を吐こうとして、直前でその言葉を飲み込んだ。
……自分に、腹が立った。
こんな事をしても、あなたが辛いだけなのに。
あなたが辛いのは、嫌な筈なのに。
それでも、不死川からあなたを奪いたいと思ってしまった自分に、腹が立った。
あなたの瞳から、一滴の雫が流れる。
……もう少しだ。
早く、思い出してくれよ。
病室から、静かに外へ出る。
もう、きっと、大丈夫だ。
根拠もないのに、何故かそう思えた。
あの人達はもう大丈夫。
きっと、直ぐに思い出すだろうなぁ。
あなたが幸せなら、それで良い。
……でも。
だからって、辛くないとは言ってない。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!