第33話

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2020/07/31 02:25
病室で、何もせずに……ただぼーっとする。
今までの記憶に〝霞〟のようなものが掛かって、とても良い気分とは言えなかった。
あなた

……誰、なんだろう

傷だらけの、男の人。
あの人の、辛そうに笑った顔が……脳裏に焼き付いて離れない。

皆のことは覚えているのに、なんであの人のことだけ思い出せないんだろう。
「___お前の事、誰よりも愛してっから。」
そう言って、笑いかけてくれたのは、誰だった……?

あまりにも優しい声音だ。
今聞くと、泣きそうになる。
あなた

思い、出せないなぁ……

そう、零した直後だ。
ドアが開いた。
???
……あなた
あなた

あ、

あなた

無一郎……

時透無一郎
時透無一郎
……





* * * *




時透無一郎
時透無一郎
ねぇ、あなた
あなた

……何、どうした?

弱々しく笑う、幼馴染。
……辛かった。

〝好きな人〟の、そんな姿を見るのは。
不死川先生に、腹が立った。

あなたの事、大好きなクセに。
愛してるクセに、どこか諦めた顔をした不死川に、腹が立った。
時透無一郎
時透無一郎
……ねぇ、あなた。
あなたは……何も、思い出せない?
高校の時のこと。
あなた

……うん

時透無一郎
時透無一郎
そう。
……あなた。
あなた

……?

時透無一郎
時透無一郎
僕は、
___あなたの彼氏なんだよ。
そんな、最低な嘘を吐こうとして、直前でその言葉を飲み込んだ。

……自分に、腹が立った。

こんな事をしても、あなたが辛いだけなのに。
あなたが辛いのは、嫌な筈なのに。
それでも、不死川からあなたを奪いたいと思ってしまった自分に、腹が立った。
時透無一郎
時透無一郎
……あなた。
記憶を失うというのは、とても辛い。
僕も〝記憶を失った事がある〟から、
よく分かるよ。
あなた

え……?

時透無一郎
時透無一郎
(……まぁ、前世の話だけど)
時透無一郎
時透無一郎
……僕は今、腹が立ってる。
なんでか分かる?
あなた

……

時透無一郎
時透無一郎
……まぁ、阿呆なあなたには
わからないよね
あなた

……阿呆じゃないわ

時透無一郎
時透無一郎
……
時透無一郎
時透無一郎
あなたが記憶を失ってから、1人。
……本当に、どうしようもなく追い込まれている人がいる。
時透無一郎
時透無一郎
誰よりも、あなたの事を愛していた人
時透無一郎
時透無一郎
……わからない?
まだ思い出せないの?
あなた

……? あ、れ……

あなたの瞳から、一滴の雫が流れる。
……もう少しだ。

早く、思い出してくれよ。
時透無一郎
時透無一郎
愛し合っていた人が、ある日突然ッッ……記憶を失ってしまった。それも、
時透無一郎
時透無一郎
自分のことだけ___
???
時透。
あなた

あ……

時透無一郎
時透無一郎
っ……
不死川実弥
不死川実弥
もう充分だァ。
……ほら、お前は早く出て行きな
時透無一郎
時透無一郎
……なら、僕はこれで。
病室から、静かに外へ出る。
もう、きっと、大丈夫だ。

根拠もないのに、何故かそう思えた。

あの人達はもう大丈夫。
きっと、直ぐに思い出すだろうなぁ。
時透無一郎
時透無一郎
……結局、そういう運命なんだね。
時透無一郎
時透無一郎
僕の入る隙もなかったなぁ……
あなたが幸せなら、それで良い。
……でも。









だからって、辛くないとは言ってない。

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