金井side
お風呂の中で今日のことを思い出していた。
明日から本格的な撮影が始まる。
今日は打ち合わせや顔合わせ。
予定よりも遅くなってしまい智洋のお祝いメールも
出来なかった。
全ての仕事を終わって携帯を見れば
液晶画面に表示されている時間はもういい時間帯。
でも無性に今日の主役の男に会いたくなって
マネージャーに無理言って智洋の家に向かうように言った。
監督やスタッフさんたちに
明日からよろしくお願いしますと
頭を下げて自分の楽屋に戻り
支度をしていた時やった。
楽屋のドアをノックせずに突然入ってきた
厄介な女優さん、村田桃乃さん。
とりあえず適当に対応して
帰りの支度を済ませる。
聞いてたか?人の話を。
俺は急いでいると言っはずやねんけど…。
早くしなきゃ、ほんまにあかん。
智洋寝てまう。
今日の主人公神山智洋が待ってる。
まぁ約束はしてへんけどな。
でも、27歳にになって初めて会うのが
メンバーとか絶対智洋も幸せやと思う。
ベタベタと左腕を掴み触ってくる女。
思い出したくない記憶が蘇る。
するとそこへ…
マネージャー
「あなた行くぞ。」
「村田さん、あなた急いでるんで
離してくれませんか?」
「こいつ、顔には出さないけど、
本当はベタベタと触ってくる女嫌いなんで。」
そう言って俺らの間に入って、
俺の体を触っている村田さんの手を離す。
マネージャーはそのまま俺の荷物を右手に持って
触られていた左腕を反対側の手で上から擦りながら
俺を支えて楽屋を後にした。
マネージャー
「当たり前。大丈夫か?」
マネージャー
「はいはい、それ2回目。」
車に着くまで俺の左腕を優しく擦り
支えてくれた。
車内は何も話さずそのまま静かに智洋の家に着いた。
ありがとうとマネージャーに伝え
車の扉を閉める。
車が見えなくなるまで見送って
見えなくなったら智洋の家のインターフォンを
鳴らした。
そして今に至る。
明日…いや現実的には今日から
本格的な撮影が始まる。
村田さんとの絡みもガッツリと言っていいほど
沢山ある。
どんなことが起きるんやろうかと
不安で不安でたまらなかった。
噂も聞いたことがある。
現にこの女は確か前に、
メンバーとも共演経験があり
俺に近づくために絡みに絡んだとか…。
嫌なことを忘れたかったけど
変な思いをしたくなかったけど
マイナスな考えをしたくなかったけど
逆にそれしか頭の中を支配しなくて
そんな苦痛な思いを綺麗に流していくように
いや、苦痛な思いを綺麗に流して欲しくて
熱いシャワーを思い切り頭からかけていった。
落ち着いてきた頃にお風呂から出て
体と髪の毛を拭いて
智洋から借りた洋服を着てリビングに戻った。
リビングに繋がる扉を開ければ
ソファーに座って録り溜めしていたドラマを
見ている智洋が居た。
智洋がお風呂セットを持って
リビングを出て行ったのを確認して
カバンからガサゴソと台本を取り出し
智洋から教えてもらった棚から
ドライヤーを見つけ出して
ドライヤーをつけた。
ゴォーと大きな音を立てて
凄いスピードで乾いていく俺の髪は
台本を読みながら乾かすための時間潰しには
ちょっと物足りなかった。
髪の毛を乾かし終えて
ドライヤーも元の位置に戻し終えて
ソファーで台本をもう一度確認した。
今回の内容は
初恋相手の幼なじみが別の人を好きなる
でもその好きな人がある日突然病気になる。
ちょっと悲しいラブストーリー。
明日撮る分の台詞の確認も終え
ソファーに丸くなって静かに眠りについた。
お風呂上がりの智洋が
俺を起こさないように智洋の上着を俺にかけて
ソファーの近くに置いてある台本を
智洋が静かに読んでいたなんて
この時はまだ知らなかった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。