社長の言う通り、ほとぼりが冷めるまで私は秘書業務から外れて、社史編纂室にいた。
仕事という仕事もない、まさに閑職。
言うなれば給料泥棒。
早出もなければ残業も休出もない、毎日が睡魔との戦い。
忙しく働いている方が性に合っている私には、拷問のようだった。
だけど、ここから出ることは許されない。
少しの辛坊と思って耐えた。
マキちゃんは私のことを心配したのか、度々一緒にランチしましょうって来てくれた。
社食にはさすがに行けないから、社史編纂室でのランチ。
ウトウトしている小島さんを起こさないように、小さな声でお喋りをする。
「ポカポカしてて良いとこですねえ、ここ」
「そうでしょ?居心地が良すぎて自分がダメ人間になりそうだよ」
「お仕事、忙しくないんですか?」
「全然!毎日さっさと帰ってる」
「そうなんですか?じゃあ今度、一緒に飲みに行きましょうよ!」
「いいよ、行こう!」
「あ…でも、社長に怒られません?」
「どうして?」
「私、嫌われてるみたいだし…」
「そんなことないよ!あの時はタイミングが悪かっただけで」
「…だといいんですけど」
マキちゃん…
もしかして、本当はまだ社長のことが好きなのかなあ。
マキちゃんを傷付けた張本人のくせに、私の胸は自分勝手に痛んだ。
偽善者なのかな、私。
「じゃあ…今日なんてどうですか?」
「今日…?」
急だな。
でも確か、今朝社長が「今日は遅くなる」って言ってた。
「ダメならいいんです、また今度でも」
「いいよいいよ!今日行こう!」
「ホントですか!?良かったー!」
マキちゃんが嬉しそうだから、私も笑顔になる。
社長にはあとで連絡しておこう。
たまには私も飲みに行ったっていいよね?
会社の女の子と飲みに行くなんて、ハルちゃんと行った以来だ。
どれくらいぶりだろう?
楽しみ!
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!