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第2話

Chapter. 2
560
2019/03/30 04:29
稀王《まお》くんに連れられた私は、校舎内の入り組んだ場所を通り抜け、地下までやって来た。
その道中では、他の男子生徒たちからの視線を痛いほどに感じた。
いちの
(稀王くんって何者なんだろう……)
いちの
(彼に連れられてるってだけで、ほんとに誰も声をかけてこなかった)
いちの
(それなのに、すごく注目されてて……)
私はこの学園でただ一人の女生徒だから、何もなくても注目はされるのは当然だ。
しかし、稀王くんと歩いて感じたのは、それだけではなかった。
なんとか「姫」に手を出したい、だけど稀王くんがいるから適わない。
――そんな嫉妬と羨望が感じられるのだ。
稀王
着いたぞ、ここだ
いちの
ここは……
稀王
俺たちの、「七星《ななほし》同盟」のための部屋だ
いちの
な、なんだか豪華……だね
白を基調とした扉は片開きで大きさはそれほどでもないものの、複雑な文様が彫り込まれ、所々に金の飾り付けがある。
そしてその中央丈夫には、何かの紋章のレリーフまで彫られていた。
そもそも、単なる同盟に個別の部屋が与えられるというのも不思議な話だし……。
稀王
そうか? こんなもんだろ
いちの
……
いちの
(稀王くんはすごいお金持ちなんだろうな)
いちの
(たぶん、この学園の生徒はみんなお金持ちだけど……)
「死神」と呼ばれる学園の男子生徒たちは、皆、すでに亡くなっている。
だけど将来有望な可能性をもった彼らを惜しんで、彼らには死神としての仮の体が与えられた。
そして、この学園―― 私立宙《おおぞら》学園高校、通称・死神学園で「姫」を巡って争いあうのだ。
稀王
入るぞ、付いてこい
稀王くんはノックもせずに扉を開けた。
勝手知ったる自分の部屋、という感じだ。
部屋の中では、ふたりの男子生徒が待っていた。
背の高い男子生徒
おかえり、稀王。
それからいらっしゃい……姫
元気な男子生徒
おっせーよ、稀王!
いいなー、俺も姫を助ける役、やりたかった
彼らは椅子から立ち上がると、私の前までやってきた。
いちの
は、はじめまして。
月里《つきさと》いちのです
いちの
あなたたちは……
那岐
僕は水ヶ瀬《みずがせ》那岐《なぎ》。
君よりひとつ上の、二年生だよ
那岐
よろしくね、姫
いちの
は、はい。
よろしくお願いします……
燿音
俺は火邑《ほむら》燿音《かがね》!
いちのと同じ一年生だ。同じクラスだから、知ってるよな?
いちの
う、うん
燿音
これからよろしくな!
いちの
よ、よろしく……燿音くん
燿音
おう、仲良くしようぜ!
そう言って燿音くんは人懐っこそうな顔に笑みを浮かべた。
那岐さんも、穏やかに微笑んで私を見つめている。
よかった、いい人たちそうだ……。
稀王
改めて、俺は稀王。
一年生で、この七星同盟の盟主だ
いちの
どうして稀王くんが盟主なの?
私はふとした疑問を口にした。
那岐さんが二年生なら、彼が盟主になるのが自然だと思ったのだ。
燿音
え、何いってんだ、いちの?
そりゃあ……
那岐
うん。
言い出しっぺが稀王だってのもあるけど、僕たちのうちだったら当然、ね
いちの
え、え……
燿音くんと那岐さんが当たり前のように言うので、私は困惑した。
何か、私の知らないことがあるのだろうか?
那岐
もしかして
那岐
姫、稀王が誰だか知らない?
いちの
え。う、うん……
燿音
へー、稀王を知らない奴がいるなんてな
いちの
……
いちの
もしかして、稀王くんって芸能人か何かなの?
那岐
芸能、人……
いちの
(ち、違うみたい……?)
燿音
七星財閥、って聞いたことないか?
いちの
いちの
七星……財閥……ってあ!
那岐
そう。稀王は七星財閥の後継者、一粒種の御曹司なんだよ
いちの
……!
七星財閥の名前は、当然私だって知っている。
この国の誰もが知るようなお金持ちで、表に裏に、財界を操っているという。
稀王
そんなの関係ない
それまで黙っていた稀王くんが、言葉を発する。
稀王
俺が生き返りたいのは、別に跡取りになりたいからじゃない。
俺は俺のために……ただ生きるって決めてるんだ
那岐
そっか。そうだったね、稀王
稀王
……ああ
燿音
生き返りたいのは俺だって同じだ。
十五歳で人生終わりなんて、そんなの納得してねーからなっ
那岐
それは勿論、僕だってね。
僕は稀王と違って、家を継ぐつもりだから
那岐
だから……姫
いちの
那岐さんはにっこりと微笑んだ。
那岐
いつか僕に、君の体を捧げてね?
いちの
え……
いちの
えええっ!?
燿音
何驚いてんだよ、いちの
燿音
俺たちはみんな、お前から「心」か「体」のどっちかを捧げられなきゃ生き返れない――
燿音
お前も、俺たちのうちの誰かを選ぶことに同意して、この同盟に入ったんだろ?
いちの
……!
いちの
(そう、だった……)
この死神学園――私立宙《おおぞら》学園高校に召還された「姫」はただ一人の女生徒であり、すべての男子生徒――生き返りたい「死神」たちから狙われる身なのだ。
那岐
僕たち死神が生き返れる条件は、姫の「心」「体」「命」のうちいずれかひとつを奪うこと――
那岐
ただし姫が納得し、彼女が同意するもとで、ね
いちの
……
那岐
――「心」。
心を捧げ死神を生き返らせた姫は、その後はすべての感情を失ってしまう
那岐
――「体」。
体を捧げ死神を生き返らせると、その後は姫も死神もお互いの記憶を失ってしまう
那岐
――「命」。
姫の命を捧げられ生き返った死神は、記憶を持ったまま誕生から人生をやり直せる
那岐
「姫」というのは、死神が生き返る代わりに犠牲となる存在なんだ
那岐
……、
わかってるよね、姫?
いちの
う……は、はい……
稀王
お前の「命」を奪えば、俺たちはただ生き返るだけでなく、チート状態で人生をやり直せることになる
稀王
……だけど、俺たちはそれだけはしない
燿音
だから、狙うのはいちのの、「心」「体」のどちらかなんだ
那岐は……
那岐
僕は、姫には「体」を捧げて貰おうと思ってる。
「心」を捧げた姫は、その後すべての感情を失ってしまう……それは可哀想だと思うからね
燿音
俺は姫の、お前の「心」を狙ってる。お前には悪いと思うが、俺も生き返りがかかってるんだ。
背に腹は代えられねえ
燿音
だから、いちの
いちの
!?
燿音くんは私に向かって歩を進める。思わず後ずさろうとするが、背後は入ってきた扉だ。
隣には稀王くんが立っており、そして反対側の隣は……
那岐
僕たちはいつだって、君に求愛するよ
那岐
君が僕に、体を捧げてもいいって思ってくれるまでずっと……ね?
那岐さんが手を伸ばし、私の左手をとる。
いちの
!!
そしてすばやく、手の甲にキスをした。
燿音
俺だって負けちゃいねーぜ。
絶対にお前に好きになってもらうからな!
燿音
覚悟しろよ? いちの
いちの
(ち、近い近い近い――!)
燿音くんに間近で迫られる。
逃げ場のない私が体を強張らせた、その時。
いちの
(……あっ)
隣に立つ稀王くんに、肩を掴まれ引き寄せられた。
いちの
ま、稀王くん
稀王
お前が誰を選ぶかは自由だし、那岐と燿音の邪魔をするつもりはない
稀王
だけど、俺だって全力でお前を求める。
お前が、心を俺に捧げてくれるまで、俺は
いちの
!!
稀王くんの動きは素早かった。肩に回した手を腰に滑らせ、ぐっと近くまで引き寄せられる。
そして、もう片方の手を私のおとがいに添えた稀王くんは――
いちの
(キ、キス?)
いちの
(キスされてるの、私!?)
初めての経験に固まってしまった私は、彼を振り払うこともできずにいた。
そして。
稀王
お前を絶対、俺のものにする
くちびるを離した稀王くんは、私の目をしっかりと見つめて宣言した。
稀王
誰にも渡さない……いちのは俺の「姫」だ
いちの
……っ!!
いちの
(そんな……、三人の男の子から同時に求愛されるなんて……)
稀王
いちの、お前はこの死神学園の「姫」――そして
稀王
七星同盟の紅一点だ
那岐
……ふふっ、これからの学園生活が楽しみだね
那岐
稀王にはしてやられたけど、僕は諦めないから……
燿音
勿論俺だって、絶対にいちのを俺のものにするからな!
稀王くん、那岐さん、燿音くん――
稀王くんだけじゃなくて、みんな芸能人だっておかしくないくらいカッコいい男の子たちだ。
その三人に求愛されて、私は。
いちの
(私、これからどんな学園生活になっちゃうの……!?)
私の悲鳴が三人に届くことはなく、この死神学園でのとんでもない日々が幕を開けようとしていた――。

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