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第1話

ミステリアスな乙咩くん
9,934
2021/12/08 04:00


 いつも放課後は友達と遊びに行くのがお決まり。
 カラオケに行って、かわいいコスメや服を見て回り、最後は映えるカフェでおしゃべりタイム。

 ホイップ乗せのホットロイヤルミルクティーで冷えた手と身体を温めていると……。

莉子
で、失恋後すぐに乙咩おとめくんに乗り換えた立夏りつかさん、進展は?
佐野 立佳
佐野 立佳
の、乗り換えたって言い方やめて!?
あるわけないでしょ!
……ただの同級生だし


 ニヤニヤと楽しそうな莉子りこの質問に、体温は急上昇してほおまで熱くなってしまう。

明菜
顔良し、頭良し、その上運動神経抜群ばつぐんとか絵に描いたような人気者だよねぇ
佐野 立佳
佐野 立佳
しかも聞き上手なんだよ!
自分のことは全然話してくれないけど、
そんなミステリアスなところも好き!
佐野 立佳
佐野 立佳
話しかけれたら、
もうそれだけで一日幸せなんだからぁー!!
莉子
恋する乙女だねぇ。
まぁ、謎が多いってなんか惹かれちゃうのわかるけどー……
明菜
いや、立佳の場合は恋に恋する乙女でしょ!
ちょろいし、次行くの早いし
佐野 立佳
佐野 立佳
ちょろくないですー!
乙咩くんのことは本当に好きだもん、
……たぶん
莉子
ずっと落ち込んでるよりはいいんじゃない?
けど、進展なくてよかったよ。
乙咩くんはー……、おすすめできないから


 莉子はスマートフォンをいじりながら言いよどみ、私にその画面を見せてくる。

 そこに映っていたのは、乙咩くんと綺麗な黒髪ロングの女の子が並んで歩いている写真だった。

佐野 立佳
佐野 立佳
なに? この写真
莉子
乙咩くんってみんなと仲いいのに、いっつも1人ですぐに帰るでしょ?
佐野 立佳
佐野 立佳
そうだけど……っ!
え、もしかして彼女と放課後デートしてたってこと?
莉子
本当に彼女なのかはわかんないけど、
乙咩ファンの子たちがうわさしてたんだよね
明菜
これ南中学の制服じゃん。
乙咩くん年下が好きなんだぁー
佐野 立佳
佐野 立佳
んー、けど噂なら気にしない!
乙咩くんが彼女って言ったわけじゃないし!
明菜
立佳メンタルつよっ! え、てか、諦めわるぅー!!
佐野 立佳
佐野 立佳
こんなの失恋じゃないもーん!
ほら、もう帰ろー


 話題を逸らそうと席を立つと、窓の外はすっかり暗くなり、分厚い雲におおわれた空から雪が降っていた。

佐野 立佳
佐野 立佳
わー! 雪降ってるよ!
明菜
ホントだ。電車止まってないといいなぁ
佐野 立佳
佐野 立佳
ねぇ、なんか雪見るとテンション上がらない?
私、今日は歩いて帰ろー!
莉子
明日休みだからってはしゃぎ過ぎないでよー?
風邪ひく前に帰ってねー
佐野 立佳
佐野 立佳
ありがと!
2人とも、また来週ねー


 2人と別れて人でにぎわう大通りを抜けると、点々と街灯が立つ静かな小道に入る。

 街灯が照らす夜道に舞い降る雪はキラキラと輝き、私は綺麗な光景に見惚みとれてゆっくりと歩いていく。

佐野 立佳
佐野 立佳
(もし、ここに乙咩くんがいたら幸せ倍増なのになぁ)
佐野 立佳
佐野 立佳
(乙咩くんが寒がりだったとしてもー……、「温めてあげる!」なんて言って腕組んだりしてぇ!
そんな私を可愛いと思ってくれた乙咩くんがぎゅっって抱きしめてくれたらぁー!!
きゃぁーー!!)
佐野 立佳
佐野 立佳
(……なーんて、彼女がいるって噂が本当なら無理だよねー)


 俯いてため息を漏らし、また顔を上げると、道の向こうから期待していた彼が歩いてきていた。

佐野 立佳
佐野 立佳
(うそ!?
本当に乙咩くんに会えるなんて、
これは運命!?)


 ロングコートを着た私服の乙咩くんはいつもより大人っぽく見え、制服姿よりもかっこよさが増している。

 またとないチャンスに心が弾み、私は駆け寄って声をかけようとした。

佐野 立佳
佐野 立佳
乙咩……く、ん


 けど、その呼びかけが届く前に声は小さくしぼみ、足が止まってしまう。





 それは、街灯の明かりに照らされた乙咩くんが、血の付いた包丁を持っているのが見えたから。


佐野 立佳
佐野 立佳
(……え、あれ包丁? なんで?
なんか、……赤いのついてるよね?
なにあれ? ハロウィンの仮装とか?
バカ、そんな時期とっくに過ぎてるし)


 頭の中は疑問でいっぱいになって整理が追いつかない。
 鼓動が速くなり、緊張で体は石のように動かなくなってしまう。

 その間にも足音がゆっくりと近付いてきて、それは私の前で止まった。

乙咩 真緒
乙咩 真緒
こんばんは。佐野、今帰りなの?
佐野 立佳
佐野 立佳
こ、こんばん……は


 雪が舞い降る夜の暗がりの中、乙咩くんは穏やかな笑みを浮かべて私に声をかけてきた。
 その綺麗さに私の目は奪われてしまう。


 けど、やっぱり、その手には血に濡れた包丁が握られていた。

佐野 立佳
佐野 立佳
(私、刺されちゃう?
だって、見られたら困っちゃう場面だもんね?
普通、そんなもの持って話しかけてこないし、
……おかしいでしょ)
佐野 立佳
佐野 立佳
(おかしい……おかしいけど、……なんでこんなに嬉しいんだろう?)
佐野 立佳
佐野 立佳
(こんな乙咩くん、みんなは絶対に知らない。
きっと、写真の女の子だって……)
佐野 立佳
佐野 立佳
(今ここにいるのは、私だけが知っている乙咩くん)


 そう思うと私の中で変な優越感が生まれ、気持ちが高揚していた。

 もっと、もっと乙咩くんのことを知りたい。






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