夜も更けたころ、家の中から聞こえてくる物音を追って私はある部屋にたどり着いた。
そこは血の匂いがしたあの部屋だった。
私が物音の立つそのクローゼットを確認しようとした時、いつの間にか起きていた真緒くんに尋ねられる。
暗い部屋で私をじっと見つめる真緒くんは何を考えているのかわからず、言い表せないほどの恐怖を感じた。
けど、ここで引き下がるなんてできない。
きっとこの機会を逃せば、もう話してくれることはない気がする。
私が強気に出ると真緒くんは動揺したようになにか話そうとしてくれたけど、そのまま口を閉ざしてしまう。
ドンッ
そんな話をしている間にもクローゼットからはあの物音が聞こえてきて、私はまた取っ手に手を伸ばした。
けど、その手は真緒くんに握られたことで止められてしまう。
俯いている真緒くんは淡々とそう話し始めた。
真緒くんの顔を覗き込んでみると、声色とは裏腹に弱って縋るような瞳を向けられる。
それは今までに見たことのない姿で、私はまた嫌な優越感を味わっていた。
私を頼りにしていると言うその瞳を向けられることが、気持ちよかった。
私は今度こそクローゼットのドアを開けた。
そこには、口をタオルで塞がれ、手足を拘束されているスーツ姿の女性がいた。
その人はリビングの写真で見た真緒くんのお母さんにそっくりで、私は息をのむ。
意識はあるようだけど、スーツの腹部には大量の血がにじんだ跡があって、とても弱っている様子だった。
私はクローゼットのドアを閉じ、真緒くんの方へ向き直る。
また勢いよく物音がなり始めるけど、私はもうその音に耳を傾けないことにした。
私は、私が知っている優しくて心の弱い真緒くんを信じる。
その真緒くんが間違っていたとしても、私にとってはそれが正しいから。
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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!