第7話

〈2 落書きの返事〉4
1,857
2019/01/04 04:42
それから数日後、また理科の授業が目前に迫っていた。それなのに──
佐倉理緒
佐倉理緒
ない……、ない!
机の中にも廊下に置いてあるロッカーの中にも──生物の教科書がない。
月本由奈
月本由奈
理緒~? もう行くよ
佐倉理緒
佐倉理緒
あっ、待ってよ~!
仕方なくノートと筆箱だけを持って理科室へ向かおうとすると、声をかけられる。
桐生慶太
桐生慶太
教科書? 俺の使う?
声のした方へ振り向くと隣のクラスの窓から肘に顎を置きジーッと私を見ている人がいた。
佐倉理緒
佐倉理緒
えっ……
桐生慶太
桐生慶太
生物でしょ? 使う?
驚く私に気にも留めない顔で述べる彼。その彼は──
佐倉理緒
佐倉理緒
あっ! この前ぶつかった……
かっこいい、私の探している彼だった。
桐生慶太
桐生慶太
そっ。この前のお礼と言うかお詫び? 嫌なこと言っちゃったから
こんなチャンスは二度とないと思った私はすぐさまうなずき返事をする。
佐倉理緒
佐倉理緒
あっ……はいっ! ぜひ!
桐生慶太
桐生慶太
ちょっと待ってね
彼は教室の中へ戻ると今度は扉から出てきて私にそれを差し出す。
佐倉理緒
佐倉理緒
あ、ありがとう……
急に照れくさくなり、顔が赤くなっているのではないかと心配で下を向いた。
桐生慶太
桐生慶太
終わったらそのまま待っててよ。俺次の授業で使うから
佐倉理緒
佐倉理緒
うん、ありがと……
あまりの展開の速さについて行けず若干放心状態になってしまった。
桐生慶太
桐生慶太
行かなくていいの? チャイムそろそろ鳴るんじゃ……
佐倉理緒
佐倉理緒
えっ……
顔を上げた時だった。理科室へと急かすようにチャイムが鳴り出した。
佐倉理緒
佐倉理緒
あっ! い、いけない! ありがとう! 後で返すね!
私はそう言い残して彼の返事を待たずに理科室へ走って向かった。
「起立、礼」
(やば、もう号令始まってる)
こっそり扉を開けて理科室に入るが時すでに遅しだった。
榎本先生
榎本先生
おい、佐倉。遅刻だぞ
(バレてる……)
榎本先生から注意を受けてしまった。
佐倉理緒
佐倉理緒
ご勘弁ください……
皆の注目の的になり恥ずかしいのやらなんのやらで、そそくさと席に着き小さくため息を吐いた。
ふと顔を上げると由奈が私の顔と手元を交互に見るのでどうしたのか尋ねると、
月本由奈
月本由奈
教科書あったの?
と聞いてきた。その瞬間彼に教科書を借りたことを思い出し沈んだ気持ちから一転、スポットライトを浴びたように気分がパァッと明るくなった。
佐倉理緒
佐倉理緒
実はさ……
先生の話の陰に隠れるようにさっきの出来事を由奈に話すと満面の笑みで一緒に喜んでくれた。
月本由奈
月本由奈
えー! ちょーラッキーじゃん! やったね! 理緒。で、何て?
由奈の質問の意図が分からない。
月本由奈
月本由奈
名前よ、名前
(はっ!)
由奈に言われてようやく気づく。
佐倉理緒
佐倉理緒
聞くの忘れた~!!
(なんて事! 自分のバカさ加減にあきれちゃう。何で聞かなかったんだろう……。自分で自分が嫌になる)
心の中で自分に叱咤すると由奈が言った。
月本由奈
月本由奈
もーさ、理緒ってバカ?
佐倉理緒
佐倉理緒
わ、わかってるよ!
月本由奈
月本由奈
聞かなくたって見ればいいじゃん
佐倉理緒
佐倉理緒
? 何を……、あっ!
そこでやっと気づく。私は教科書を借りたのだ。それなら──
ドキドキしながら教科書をひっくり返し、名前を確認した。
‘桐生慶太‘
(きりゅうけいた……。きりゅうけいた!? けっ……Kだ!!)

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