あなたが事務所を辞めて1週間。
テレビ局や街中で会うことはなかった。
存在自体を潜めているのか、見つけることさえできなかった。
連絡をとってみたけれど返信はない。
わざとなのか?九条になにかされてんのか?
もやもやした気持ちが渦巻いてしょうがない。
ドアを開けずイチはぼそぼそ言った。
社長からの呼び出しは初めてだ。
事務所に向かうために携帯と財布を持ち外に出る。
上着も薄いものしか着ていないのでとても寒い。
マネージャーにお願いして、車を出してもらえることになった。
車に乗り込むとマネージャーは不安そうな顔をしていた。
事務所に着くと社長は椅子に座って待っていた。
万理さんもいてやっぱり空気は重たかった。
俺は何も出来ない。
手を差し伸べることも、あの笑顔に答えることも出来ない。
俺だって本当はあなたの存在がいつの間にか大きくなっていた。
最初に再開した時はめんどくさい奴に会ってしまった、なんて思っていたはずなのに。
今はただ自分の中で気持ちを整理する事しか出来なかった。
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社長に提案されたものは、2人で旅行に行く事。
特別に宿を予約し、準備はある程度してあるそうだった。
普段の俺なら断っているはずの事を今はやらなきゃって思う。
同時にあなたに戻ってきて欲しいと思っている自分がいる。
イチの質問に答えるのはきつかった。
俺のせい、と言ってしまえばここに居ずらくなる。
思わず目をそらした。
イチは、力強く言うと大人しく席に座った。
気付けばもう夜。
ミツが晩飯を用意して待ってくれていた。
こんなにも皆がいるだけで暖かったって初めて感じる。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!