ノートを開く音が、最近は少し好きになっていた。
塾に通い始めて2週間。
藤堂先生ことケンティーの授業は相変わらずテンポがよくて、笑っているうちに時間が過ぎる。
この場所にいると、少しだけ“変われるかも”って思えた。
……の、はずだった。
机の上。プリントには無惨に並ぶ×印。
昨日までは理解できていたのに、今日は頭が真っ白だ。
私のプリントを覗き込んだ千夏の声が、いつもより軽く響いた。
でも、それすらイラッとしてしまう。
昨日まで“楽しい”と思えていた授業が、今日はやけに長く、つまらなく感じた。
言いながら、自分でも分かっていた。
これはただの言い訳。
会話を打ち切るように、わざとらしくスマホを開く。
“受験生活もあと半年。焦るけど、進むしかない”
——投稿者、先輩。
写真の中、図書館の机には何冊もの参考書が整然と並んでいた。
それを見ただけで、胸が苦しくなる。
「同じ高校に行きたい」って言葉を、憧れで終わらせたくなかった。
でも、今日の私は全然“追う側”になれていない。
千夏は静かに鞄を肩にかけて、教室を出ていった。
閉まるドアの音が、少し大きく響く。
私はその場に残って、机の上の消しゴムをただ転がしていた。
ノートを開いても、頭に何も入ってこない。
そんなとき、背後から声がした。
ドアにもたれながら、ケンティーは柔らかく笑った。
ケンティーは少しだけ眉を上げてから、ゆっくり言った。
その言葉に、胸の奥がじんわり温かくなった。
肩の力が抜けて、視界が少し滲む。
ケンティーは「じゃ、気をつけて帰ってね。また明日、待ってるよ」と笑って手を振ってくれた。
夜、私は自分の部屋で今日のプリントを開く。
×印だらけ。だけど、いまゆっくりと問題文を読み直したらなんで間違えたのかが見えてくる。
間違えたけど、もう一回やればいい。
まだ終わりじゃない。私、やり直せる。
小さく呟いた声が、静かな部屋に溶けていく。
あの場所なら、もう一度前に進める気がした。
千夏にも、ちゃんと謝らなきゃ。

















編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。