一週間後。
言い訳の途中で、千夏が笑う。
その笑顔を見て、ちょっとだけ肩の力が抜けた。
駅前の通りは、焼き鳥の匂いと人の声であふれている。
目当ての塾が入っているビルはすぐ見つかった。
扉を開けた瞬間、教室の中から明るい声が響いた。
私の名前が、初対面の人の口から出て、少しびっくりした。
でもその声は、まるで天気のいい日の風みたいに柔らかかった。
藤堂先生は背が高くて、笑うと目尻に小さな皺が寄る。
和やかに会話が続く横で、私は少しだけ緊張していた。
教室の壁には、模試の日程表が並んでいる。
棚の上には、先生おすすめの参考書や手書きのメッセージカードが置かれていて、“勉強の場所”なのに、不思議とほっとするあたたかさがあった。
“先生”というより、“気さくなお兄さん”みたいな感じだ。
先生が笑う。思わず私も、つられて笑ってしまった。
それだけで空気が一気に軽くなる。
──こんな感じ、初めてかもしれない。
学校では「間違えたら恥ずかしい」と思うのに、ここでは「間違えても大丈夫」って空気がある。
それが、なんだか心地よかった。
授業が始まると、先生はテンポよく話しながら、私のノートを覗き込んだ。
“探偵になったつもりで”。
その言い方がなんだかおかしくて、肩の力が抜けた。
問題を解いて、丸をつけられて、また解いて。
気づいたら、時間があっという間に過ぎていた。
教室の時計の針が動くたび、心の中の霧が少しずつ晴れていくみたいだった。
胸の奥が一瞬、熱くなった。
そんなふうに言われたの、初めてだった。
なんだろう、この感覚。
頑張ることを、誰かがちゃんと見てくれてる──
そんな当たり前のことが、こんなにも救いになるなんて。
授業が終わり、千夏がノートを閉じながらニヤッと笑った。
外に出ると、風が夜に変わる前の匂いを運んできた。
空は群青で、街灯がぽつぽつと灯っている。
教室の中の明かりが、まだ少し見える。
その光が、胸の奥でぽうっと残った。
今日の私は、昨日よりも少し前を向いていた。
“また来たい”と思えた自分に、驚いている。
──もし、こんな気持ちが続いたら。
私、変われるのかもしれない。

















編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。