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第1話

そして彼女は見放される。
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2020/06/26 11:52
パチパチパチ。

耳障りなその音が私の耳に入ると、私の意識は覚醒していく。目を開けた頃には、その音は消えていたが、代わりに私の視界に木の床が映る。

どこだろう、ここは。

眠い目を擦りながら起き上がると、一つのテーブルと、見る限りの本棚がここにはあった。人の気配は無い。私以外にこの空間には誰もいないようだ。

本当にどうして私は、ここに。

ぐるぐると思考を巡らせるが、何にも思い出せない。というか、ここに来た経緯どころか自分の名前すら思い出せない。
記憶喪失、というやつだろうか。困った事になった。思わず顔を顰める。

人もいない。自分も分からない。ここもどこだか分からない。家なし人なし自分なしの三重苦。
現状に不安を覚えつつ頭を悩ませていると、テーブルの上に紙がいくつか散らばっているのに気付く。

それは形に共通点は無いものの、手に取ってみると同じ材質で出来ているようだった。乱雑に破り捨てたのだろうか。紙がテーブル一面に飛散している。
白紙のものもあるが、文字が書かれているものもあるようだ。試しに黒文字で描かれている紙を一つ見てみる。

“ソフィア”

誰かの名前だろうか?それにしたって、聞き覚えがある。もしかしたら、私の知り合いにいたのかもしれない。
ソフィア
…いや、私の名前だ
そうだ、思い出した。私はソフィア。田舎暮らしの村娘。父と母と、3人暮らし。祖父は8年前に他界。祖母も3年前に死去。…それ以外は、あまり思い出せない。
どうしてこんな簡単な事も忘れていたのだろう。
…でもまだ、思い出せない部分がある。
ソフィア
他に何か手がかりは…っと
どうやらこの紙達、元は一枚のページだったらしい。ひとまとめに集めると、丁度1ページ分くらいの紙の量だった。
白紙のページにも手を取ってみると、裏に何か書かれているようだった。他の白紙も捲ってみると何か書かれているようだ。

ひょっとしてこれ、元通りにすれば何か文章が浮かび上がるのじゃないだろうか。

後先の不安より目先の好奇心が勝った私は、繋げられそうな紙同士を探したりしてみた。パズルは得意では無いが、そこまで時間は取らないだろう。










ソフィア
よ、ようやく終わった…
5分も掛からないだろうと高を括っていた私は、破られた紙をパズルピースにして組み合わせる事がいかに難しいか思い知らされた。
しかも出てきた言葉は私の記憶の手がかりでは無い。時間を食ってしまった。
ソフィア
“全てを思い出せ”、ねぇ…そうしたいのは山々なんだけど
下には追記で“この紙が君を導く”と殴り書きで記されている。こんな紙切れ達が一体どうやって私を導くと言うのか。

完成したから気付いた事だが、このページはどこかのノートから破りとったのかもしれない。ページの左端だけに破られた痕跡がある。他にこの紙切れ達の仲間は見当たらなかったので、何かの本から無理矢理取られたのだろうか。

それにしてもヒドイ事をする人もいるものだ。わざわざ人の記憶の手がかりになりそうな紙をビリビリに破り捨てるのだから。
でもその人はもしかして、私の記憶喪失を知っている…?何故?
ソフィア
はぁ…多分これ以上は時間の無駄かな…
私は諦めて、テーブルから離れた。考えてもきっと何も浮かびやしない。だったら人を探そう。

その為にはこの部屋から出なければ。見渡す限り、本棚に本棚に本棚。中央にはテーブルがあるだけ。部屋の壁は本棚のせいで見えない。一体どれほどの本がここにはあるのだろうか。

その場で半回転。すると、この部屋でようやく新しいものを見つける。
ソフィア
…扉?
見つけたのはこの部屋の出口らしい扉。でも…
ソフィア
さっき見た時…あったかなぁ…
起きて、辺りを見渡した時。その時こんな扉はあっただろうか。背筋が凍る。
いや、気のせいだったかもしれない。きっとさっきは見逃したのだろう。

胸の内にくすぶる不安を誤魔化すように、私は扉の元へと早足で向かう。ドアノブに手を掛けた。


ガチャガチャ。
無意識に、ドアノブを握る手が強くなる。鍵穴は無い。あるのはドアの中心にある謎の細長い窪みだけ。どれだけドアノブを捻っても、開く気配は一切無い。

ふと顔を見上げると、窪みの上に文字が書かれている事に気付く。

“窪みにピッタリ収まる魔法使いの本を探し、差し込め”
一歩後退り、後ろを振り向く。
ソフィア
…この中からどうやって見つけ出せって言うの…
眼前に広がるのは無数もの本棚。さっきの紙切れ達の比じゃない。この中から正解の本を探し出せだって?冗談じゃない。

中々骨が折れそうだ。でも、他に私に出来る事は無い。この部屋を出るには、この中からアタリを引かなければならない。
本の大きさはどれもバラバラで、厚さも全て異なる。私は顔を顰めながら、近くにある本を手に取った。

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