園内を流れる優雅で新鮮味のあるBGMに耳を傾けていると。
ざわざわした声の中から、突然複数の小さな叫び声が聞こえた。
なんだなんだ...殺人か?窃盗?強盗殺人?
自分でもかなり頭のおかしい思考に苛まれながらその叫び声のした方向へ目をやると。
明らかに助けを求める目をしたポップコーンをふたつ抱えた紗夏がいた。
...マジかよ。なんでマスクして伊達メガネして帽子してるのにばれるん?
だからってここで私が行けばまた騒がれるやろ...さて、ここはどうするのが正解?
逃げるが吉か助けるが吉か...そう悩んでいると、決意を決めたような目で大きく息を吸った紗夏。
......あんたは嵐持ってきすぎや
紗夏が一思いに叫ぶと、大衆の目は私へ向く。わざとらしく後ろを向いてみてもこれから起こることは避けられないらしい。
前を向き直してみれば人集りが塊になって走りよってきて、紗夏は紗夏で人に集られて...
結局園内スタッフさんから黒ペンを借りていきなりサイン会。
いつの間にか仕事モードに切り替わっていた私は難なく差し出されるキャラクターの描かれた服や帽子にサインを描いて。
向こう側に見える紗夏は戸惑いつつもポップコーンを近くにおいて耐えているらしい。
少しづつ終わりが見えてくれば人集りも落ち着いてきて、傍から少しだけ名前を呼ぶ声が聞こえたりとするだけ。
紗夏の方は先に終わったのか私の目の前に並ぶ列が終わったと同時に申し訳なさそうに笑いながら戻ってきた。
...あかん、ほんまあかんわ
ついさっき...私なんて言おうとしたん?
"分かってるなら気遣わせんといて"
...こんなの八つ当たりだ。疲れてるのは私だけじゃないのに
頼むであなたの名字あなた...ほんまに、これ以上いざこざ起こしたら身体持たんでな...
気の休まらない一日を過ごした私の身体はもうボロボロで。
急遽開かれたサイン会もそうだけど、その後から紗夏が帽子やら伊達メガネやらをとっぱらって勝手に動いて。
勝手...というか、私を連れ回したの方が正しい。
もうバレてるんやし、いっそ開き直っていこうや!なんて。
そのおかげでこっちは常に愛想笑いを浮かべなきゃならなくなったわけで。
正直な所、明日以降ベッドの上から動ける気がしない。
...明日は、寝よう。誰がどんだけ誘ってきても、絶対家から出やんからな
隣で満足気に、でも少し悲しげな表情で車が動くのを待つ紗夏の隣で、そんなことを心に決めて。
夕焼けに照らされてオレンジ一色の空の下を、少しだけ早く車を走らせた。
どこかで聞いたようなセリフが、私の眠っていた目を強引に覚ます。
声の主は姿を見ずとも分かる。昨日の彼女と同じタイプの人間。
ゆっくり身体を起こそうと肘を立てると、身体を起こすことすら阻止されてしまうようで。
どこか既視感を覚えるその状況に、ため息をこぼすしか出来ない自分。
部屋にいる、と決まればなんの躊躇いもなしに私の作業用デスクの椅子に腰掛けて。
作曲をしたことがないのか、私の作曲用キーボードで不協和音を奏でながら楽しそうにしているモモ。
...そんなんで遊んでなんか楽しいん?笑
勝手に遊んでくれてありがとうとも思いつつ、未だ寝足りないらしい瞼を閉じて。
不協和音どころかなんのメロディにもならないその音をBGMに、また眠りについた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!