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第1話

巡り会えた奇跡
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2018/05/08 02:10

「久しぶり」
あの頃と変わらないあざとい態度をとる。
首を下に傾け、上目遣いで俺を見つめる。左で髪の毛に隠れた耳をこちらに表明させる。
そんな女に仕方なく応える。
「おう、久しぶり」
あの頃と変わっているのは制服を着てないことくらいだ。その点は新鮮だった。
「お前もか、お悔やみ申し上げます」
俺と同じに黒に染まった服を着てるに社交辞令を言う。でも悔やむ気持ちは真実だ。お互いだから。
「ううん。ありがと、葉月もね」
トーンが曇っている。心が感情によって色がつくとしたら今、俺と彼女の心の色は同じ色だろう。

母が死んだ。
ものすごく唐突だった。階段から落ちたのだと幼い時以来あったことのない親戚の人に電話で教えてもらった。今日はその葬儀だ。
一言で言えば悲しいと言うより虚しい。心にぽかんと穴が空いた。こんなありきたりな表現だがありきたりな表現は実際それに1番近いから使われるのだろう。
都心に一人暮らししている俺が最後に母にあったのはもう一年以上前だ。その時母がどんな顔していたのかも覚えていない。そんな自分が情けなく感じる。だから虚しい。
自分勝手に涙がでる。

「葉月、大丈夫?」
俺はこいつの前だと言うのに泣いてしまった。こいつは俺の同級生で一時、付き合ったこともあるが俺との相性が悪かった。いや、俺が一方的に気に入らなかっただけだったかもしれない。それ以来会っていなかった。
「私もお母さんが亡くなったの」
俺がこいつのどこが気に入らなかったのか。それはこいつのこのなんでも私はお見通しですよみたいな話し方だった。
「そうか」
いつもの俺ならなんとでも当たり障りのない返しができたはずだった。でもそんな余裕はない。母を亡くした悲しみは今この状況ではこいつにしか共感されない。それが嫌だと思っても共感されたことの嬉しさが俺を襲う。
また涙がでる。
「辛いよね」
少しの空白の時間が流れる。俺が感じたことと同じことだとぼやけた頭でも理解できた。
「あぁ」
止まらない。止めるべきかももうわからなくなってきた。
「私がこんなことしていいかもわからないけど」
女は俺を抱きしめた。
どんな女にも母性的な、元来人を安心させる機能がついているのかと錯覚する。
「お…俺、あの時ちゃんと」
女が背中をさすってくれる。
「ちゃんと喋ってたら…こんな」
女は俺にだけ聞こえるように大丈夫だよと言ってくれる。
「こんな後悔しなくて済んだのかな…」
そんなことないよ。そう呟いてくれた後女はただ抱きしめてくれた。俺もいつの間にかそれに応える形になっていた。
しばらくそうしていた。

「ねぇ」
安心する声が聞こえる。
「こんな時に言うのもあれなんだけど。もう一度私たち付き合わない?」
俺は予想外の展開に否定をしたくなった。
「私がいつまでも支えるから」
また辛い時こいつは支えてくれるのか。そう思うとそれもいい気がしてきた。
「あぁ」
これからよろしくなと言う気持ちを精一杯込めた。
「それとまだそのストラップ大切にしてくれてたのね」
彼女が俺の携帯のストラップを指す。
これは俺にとって付き合った人からの最初のプレゼントだ。無意識に捨てれてなかったものだった。このストラップと同じように彼女のことも大切にしたいと思った。
それから俺たちは前よりも深い関係になった。
母に感謝するべきではないことはわかっている。でもあの日あそこでもう一度彼女に巡り会えたのは奇跡としか言えない。
俺は今日、彼女に指輪を渡すつもりだ。

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