「お客さん、着きましたよ。」
運転手さんの一言で一気に現実へ戻った。
車の窓から見えるのはそこまで大きくもないごく普通のスタジオ。
「1380円です。」
そう言い、私の頭に大きな手が被さってきて2回ほど一定のリズムで撫でてくれた。
…………。
お兄ちゃんと話している時もそうだが、平然とした顔で頭ポンポンはやめて欲しい。
恥ずかしい。
グイグイと私の背中を押し、車から出る。
ほんっと!スマート。
あんな男性、ほかにいないでしょ!
早足でエレベーターに入り、3階のボタンを押す。
3階に着き、会議室と書かれたドアを開けると1席だけ空いていて他は揃っている状態だった。
「いや、いいよ。プライベート中に悪いね。」
と、ここを取り仕切るような人が言う。
すぐ様着席をすると「実はこのアニメの事なんだが。」と、1冊の台本を机の上に置いた。
その台本は今度私が主役を担当するアニメの台本だった。
もう、宣伝用の声は撮り終わり、次は、2週間後に控えるアフレコのはずだ。
「実は、この主役の幼馴染み役の者が警察に捕まった。」
その一言に場はザワつく。
「麻薬を所持していたらしく、今朝逮捕された。まだ、公にはされていないが広まるのは時間の問題だろう。」
私はヒロインとなる幼馴染み役の人が居なくなることで打ち切りになるのではないかと思い、焦りつい席を立って声を張り上げてしまった。
「落ち着け。あなたさん。」
「打ち切りにする予定は無い。あなたさんの記念になるアニメだからな。」
大人しくまた、席に座ると「そこで、幼馴染み役の人を見つけたい。」と言い出し、場のざわつきは無くなった。
今からオーディションをやるのは果たして間に合うのだろうか。
3月ということで、色々なアニメが始まる最中引き受けてくれる声優さんはいるのか。
と、様々な考えが頭に浮かぶ。
「このアニメは原作が絶大な人気を誇る。そこであなたさんに幼馴染み役の人を選んで欲しい。」
え。
「ああ。時間もあまりない。闇雲に探すよりはあなたさんに選んでもらった方が相性というのもあるだろう。」
幼馴染み役……
頭の中で誰だろうと必死に考えているといつの間にか緊急会議は終わっていた。
みんな、部屋から出ていく時は
「あなたさん、頑張って。」
「良かったら協力するよ?」
「困ったら言ってくださいね。」
と、優しい言葉をかけてくれるが、私がこんな重要なことを任されてもいいものか。
私はそのまま、何も考えずにエレベーターで1階まで降りて行き外へと出る。
どうすればいいんだろう。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。