彼は目を丸くした。
私は、彼の《家出》に補足を付ける。
私は、《心配》と顔に大きく書いてある彼の手を、ぎゅっと握ってみる。
そして、顔を彼の顔に近付けて笑う。
遠坂くんなら「それ、理由になってないよ」と言って笑ってくれると、この時は思っていた。
けれど、彼は顔を赤くして俯いてしまった。
私はおどおどしながら俯く彼の顔を覗いた。
私と彼の距離、わずか一センチ。
私は慌てて、彼から離れる。
いつも周りに女子がいるから、近付かれたりするのは馴れっこだと思っていた。
彼の顔は、まだ赤い。
私は彼に、近付きすぎない程に近付いた。
珍しく、彼は慌てていた。
何だろう、と思っていたけれど、これ以上探るのはやめておいた。
そして、あれから五日が経った。
住む場所、アルバイト先を確保し、彼は今彼の父親__母親は不在らしい__を説得している。
─────────へ?
想定外の言葉に、思わず情け無い声が出る。
彼も想定外だったのか、口をぽっかり開けて目を丸くしている。
家出を許可された上に、免除金までもくれると言いだした。
彼がそう聞くと、彼の父親はこくりと頷いた。
彼の父親は、笑うことなく彼に告げた。
やっぱりこの人は遠坂くんの父親だな、と思った。
最初の印象は凄く悪かったけど、しっかり良いところはあるみたい。
彼はそう言って彼の父親にお辞儀をしてから、家出の準備を始めた。
私は、彼の部屋にある絵や絵を描く道具を荷物にまとめていた。
彼は今、新しい家でいろいろ整理をしている。
──────────何か手伝いたい。
そう思って、私はここに来ている。
彼はまだ高校生で、業者に頼むのは手間がかかった。
だから、彼の荷物は服と小物だけ。
あんな綺麗な絵を置いていくのはもったいない、そう思った私は彼の絵を新しい家に持って行くことにしたのだ。
手伝いたいのと、自分の願望が混ざっている。
私はまとめた荷物を持つ。
ふよふよ浮くので、あまり重さは感じなかった。
彼の新しい家を目指し、私は夜空を移動した。
自分の家でもないのに、帰ってきたよと伝える。
けれど、彼からの返事はなかった。
マンションの四階にある彼の家の合鍵を手に、私は彼の家へと足を踏み入れた。
名前を呼んでみるも、返事がない。
私は心配になって、早歩き__歩いてはいない__でリビングへと向かった。
空っぽのリビングには、彼の布団が敷いてあった。
その布団に吸い込まれたかと思ってしまうような感じで、彼は倒れていた。
近付くと、寝息が聞こえる。
試しに、彼の唇に触れてみる。
しかし、彼は起きない。
私はそう言って、暫く彼を見ていた。
明日で、ちょうど一ヶ月。
私は祓われなければならない。
本当は少し寂しいけど、きっと大丈夫だよね。
そうだ、祓われる前にちゃんと言わなきゃ。
《好き》って。
もう分かってる。
私が彼を好きだってこと。
そばにいるだけで、どきどきして、幸せで、ちょっとした仕草を見るだけで、心がくずぐったくて、声を聞くだけで安心する。
それってさ、《好き》って言うんだよね。
だからちゃんと伝える。
『好きだよ。さよなら。』
ってね。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!