花満くんとの強引ツーショット事件から数日、彼はよく私に話しかけてくれるようになった。
早朝の教室で一人きりだと思っていた私は、急な呼びかけに驚いて持っていた花瓶を離してしまう。
しかし、すかさず花満くんが後ろから手を伸ばし、見事花瓶をキャッチしてくれた。
花満くんから花瓶を受け取って花の水替えに行こうとすると、彼は親ガモを追う子ガモみたいに可愛くひょこひょことついて来た。
私が振り返るとにっこりと微笑んで首を傾げている。
ニヤけるのを我慢する癖が出ていたようで、花満くんは私の何とも言えぬ表情に驚いているようだった。
私は花満くんに背を向けて水道の方に歩いていき、花を抜いて花瓶の水を捨てた。
隠れて写真を撮っていたことも気持ち悪いと思われているかもしれないのに、これ以上気持ち悪いところなんて見せたくなかった。
また花満くんが歩み寄ってくる軽やかな足音が聞え、私の後ろで止まる。
花満くんは後ろから花瓶を取り上げ、シンクの中に置くと――。
予告もなく脇腹をくすぐりはじめた。
私がくすぐったさに我慢できず笑うと、花満くんはすぐにその手を止めてくれる。
ただ、私は自分に自信がなかった。
暗くて、不器用で、地味で、友達も少ない。
花満くんを可愛いと思い始めたのも、憧れてよく見るようになったのがきっかけだった。
そんな彼に嫌なところを見られて褒められるというのは、とても複雑で恥ずかしい。
花満くんが私の笑顔を好きなんてありえない。
そう思いながらも、体中の熱が頬に集まり赤く染まっているのが自分でもわかってしまう。
花満くんはそんな私と目が合うと、ゆっくりと耳元に顔を寄せて囁いた。
私が恥ずかしすぎて動けない間に、花満くんは花瓶の水を入れ替えて教室の前まで歩いていき振り返った。
可愛い笑顔は好きだけど、
花満くんが不意に見せる表情に、私は心臓が持ちそうにありません。
☆
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!