第93話

Golden Hour ◇ story 89.
2,708
2026/06/18 13:08 更新


教室中に貼られた
みんなの“うちの子”を二人で見て回っていると、
不意に後ろから声をかけられた。

飼い主のお姉さん
こんにちは
あなた
こんにちは、来てくださったんですね……!
飼い主のお姉さん
もちろんだよ!
こちらこそ、お誘いありがとう


GWのネモフィラの公園以来に会った
ココちゃんの飼い主のお姉さんは、
そう言って優しく笑ってくれた。

隣のあなたの推しも小さく「こんにちは」と頭を下げた。

飼い主のお姉さん
このカフェ、天才だね!
かわい子ちゃんに囲まれて幸せ空間すぎる


お姉さんの視線が教室をぐるりと回る。

飼い主のお姉さん
高校の文化祭のカフェって、だいたいメイドカフェとかじゃない? 私もクラスでメイドカフェしたことあるもん


お姉さんが懐かしむみたいにふふ、と笑った。

飼い主のお姉さん
だからこんな新しいアイデア思いつくなんてすごいね


お姉さんにそんなふうに褒められて、
私は思わず「そうなんです」と口にした。

あなた
最初は、メイドカフェとか、動物カフェとか、推し活カフェとか……本当にいろんな案が出たんです
あなた
それをあなたの推しく……か、彼がうまくまとめてくれて
あなた
ね……!


そう言って隣に立つあなたの推しの方を見上げると、
彼はちら、と私の方を見て目を逸らした。


その不自然な感じに、ハッと我に返った。




あなたの推しくんはこういうの、得意じゃないよね……。



そうわかっていたのに、
お姉さんにうちの子カフェを褒められて
つい嬉しくて自分のことみたいに
あなたの推しのことを話してしまった。


余計なこと言っちゃったかな……。


飼い主のお姉さん
へえ、あなたの推しくんのアイデアなんだ
あなたの推し
……俺だけの発想じゃないです
あなたの推し
初めにあなたのあなたの名字さんが全部合わせようって言ったのをまとめただけで……


あなたの推しが遠慮がちにそう言って、
それを見たお姉さんが小さく吹き出した。

飼い主のお姉さん
高校生って本当かわいいなぁ


その意味がわからなくて
私とあなたの推しは顔を見合わせる。

そんな私たちを見て、お姉さんはまた目を細めた。

飼い主のお姉さん
そうそう、はんぺんちゃんを探さなきゃ。
いるんだよね?
あなた
はい、もちろん……!


お姉さんは再び教室の壁を覆い尽くす
可愛いうちの子に目を向けた。

飼い主のお姉さん
あっ、いたいた……
おお〜結構票入ってるね
あなた
えへへ……私たちの他にも貼ってくれた人が
いたみたいです
飼い主のお姉さん
そりゃこのはんぺんちゃんの笑顔見たら
みんなシール貼りたくなっちゃうよ


お姉さんはそう言って、
あなたの推しが貼ったシールの横に
同じように貼り足した。

飼い主のお姉さん
そう言えばあなたの推しくんの“うちの子”はいないの?


お姉さんがシールの残りを手に持ったままそう尋ねた。

あなたの推し
いますけど……出してないです
飼い主のお姉さん
えぇ?そうなの?どうして?


確かに、どうしてだろう。



各クラスから数々の“うちの子”が集まってきて
まとめている中に、あなたの推しのトトはいなかった。


「出さなくていいの?」と聞いたら「うん」と言われて
それ以上は聞かなかった気がする。


あなたの推し
うちの子は特殊なので
飼い主のお姉さん
特殊……? あなたのあなたの名字さんは知ってる?


不意に振られて、はい、と頷く。

あなた
トトは緑色のインコで、大きさはハト以上カラス未満くらいで……おしゃべりもするんです


そう言いながら、彼の腕にとまって首を傾げる
トトの写真を思い出す。

緑色のトトは、
感情が見えにくくてモノクロみたいなあなたの推しとは
正反対みたいに色鮮やかだった。

あなたの推し
……よく覚えてるね
あなた
あ、うん。写真見せてもらったし


そんな私たちのやり取りを見て、
お姉さんがくすっと笑った。

飼い主のお姉さん
そんなに可愛い子なら出したらよかったのに


その言葉にあなたの推しは少し考えてから

あなたの推し
トトの可愛さを知ってるのは俺だけでいいかな、って


と言った。


私は思わず「ええ?」と彼を見上げる。

あなた
私ははんぺんの可愛さ、みんなに自慢したいけどな


私がそう言うと、あなたの推しは少しだけ笑った。

あなたの推し
あなたのあなたの名字さんらしいね
あなた
何その余裕な感じ……
あなたの推し
だってトト出したら、はんぺん一位になれないよ




……。



あなた
あなたの推しくんって……結構親バカ?
あなたの推し
今更?


そう言って笑うあなたの推しは
最近の困ったみたいな笑顔じゃなくて。


それだけで、私はなんだか少しホッとした。

飼い主のお姉さん
そっかぁ、残念。
じゃあシールは全部、はんぺんちゃんかな
あなた
いいんですか……!ありがとうございます!
飼い主のお姉さん
いいのいいの。
推したくてたくさん買ったの。
ほら、見て


そう言われてお姉さんのトートバッグを少し覗くと
犬も食べられる持ち帰り用のクッキーが
たくさん入っていた。

あなた
たくさん買ってくださったんですね……!
飼い主のお姉さん
このクッキー、ココも絶対に喜ぶと思う
飼い主のお姉さん
それに推し活って聞いたからね。
二人は私の推しカップルだからさ


『カップル』


その言葉に頭の中が急に真っ白になる。

あなた
そそ、そんなんじゃないですっ……!ただ、実行委員が同じで、あの、そういうのじゃなくて
飼い主のお姉さん
あーごめんごめん、
二人組って意味……にしておこうかな


そう言ってお姉さんはくすくすと笑った。

あなた
そ、そうですよね!? びっくりしたー


ドギマギしながらそう笑って誤魔化した私の隣で、
あなたの推しは何も言わなかった。



あなたの推しには好きな人がいるのに……。

私とそんなふうに言われて、気まずいよね。



気になってそっと横目で見ると、
壁に貼られたはんぺんを見つめる彼の口元は
きゅっと結ばれていた。


それがちょっと機嫌が悪そうに見えて、
さっきまでの気持ちが小さくしぼんだ。


そのとたん、
さっきまで気にならなかった教室のざわめきが
どっと押し寄せてきた。


「この子可愛い!」

「俺は猫派だから」

「ハムスターいるかな?」


そんな声が私の頭の中にまでざらつきを残していく。





……やっぱり、そうだよね。




私はそれ以上、彼の表情を見ていられなくて、
そっとあなたの推しから視線を外した。

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