第92話

Golden Hour ◇ story 88.
5,847
2026/05/09 17:07 更新


しばらくの沈黙の後──。
















あなたの推し
……なんであなたのあなたの名字さんがそんな顔するんだよ
あなたの推し
先に煽ってきたの、あなたのあなたの名字さんだろ



何も言えない私に、
あなたの推しは眉を顰めてそう言った。


笑ってるような怒っているようなその表情に、
私は思わず


あなた
……ごめん


と小さく呟いた。

自分でも何に対しての「ごめん」かわからない。



ただ、胸が締め付けられるみたいに痛くて
お箸を持っているのとは反対の手を胸元にあて、
衣替えをしたばかりのシワのないシャツを
ぎゅっと握った。


そうでもしていないと、
たこ焼きと一緒に飲み込んだはずの言葉が
喉まで上がってきそうだったから。


だけど、その代わりになる
この場を納める言葉を見つけることはできなくて。



私はただ、白いトレーに残った二つのたこ焼きと、
ソースにぺたりと貼りついたカツオ節を
見つめることしかできなかった。



机を一つ挟んだ私とあなたの推しとの間に、
いつかみたいな沈黙が落ちた。



学校中に流れるやけに明るい洋楽が
今の空気に似合っていなくて、余計に焦ってしまう。





何か言わなきゃ、この雰囲気を終わらせなきゃ──





私は二つ残ったたこ焼きのうちの一つを口に入れて、
一つだけ残ったたこ焼きが乗ったトレーを
あなたの推しの方へと差し出した。


あなたの推しがびっくりした顔で私の方を見る。

あなた
もう食べられないからこれ、あげる
あなた
うちの子カフェもゆっくり見たいもんね
あなた
早く教室見に行こ……!


あなたの推しはびっくりした顔のまま、
私が差し出したトレーを受け取った。

それから、また困ったみたいに笑った。

あなたの推し
……ほんと、そういうとこだよ


あなたの推しは再び割り箸を手に取って
たこ焼きを一口でパクリと食べた。


あの日、私が残した冷めたピザを食べてくれた姿と
なぜか重なった。






………







私たちはたこ焼きのトレーを片付けて
再び文化祭色に染まった廊下へ出た。


さっきの会話なんてなかったみたいに、
あなたの推しの隣を歩いた。


向かいから歩いてくる大きな綿菓子を持った男の子や、
お化けの仮装でお化け屋敷のチラシを配っている
他のクラスの生徒の話をしながら。



私たちは人の流れに乗りながら
自分たちの教室にたどり着いた。



昼時ということもあって
「うちの子推しカフェ」は大盛況だった。

あなたの幼馴染
お!
二人とも実行委員の休憩中?


私たちに気づいたあなたの幼馴染が
フリルのスカートの裾を揺らしながら手を振った。

かわいいメイド服を着たあなたの幼馴染が
トレーを抱えたまま私たちの方へと歩いてくる。





……結局、悪夢コンセプトは採用されてしまった。




私、あなたの推し、あなたの幼馴染、ユウの4人で
企画を練った時には一度消えた女装の案。


……だったのに、クラス全体で衣装を考えたときに、
男子たちの悪ノリであれよあれよと採用されて、
一番嫌がっていたあなたの幼馴染だけがその犠牲となった。



あんなに嫌がっていたはずなのに、
「俺、案外似合ってんじゃん!」と満更でもなさそう。

ユウ
来てくれたんだ!


ユウも私たちに気づいて手を振ってくれた。

私もタキシードを着たユウに手を振りかえす。



……ユウの男装は、ただの彼女の趣味だけど。



教室を見渡すと、
メイド服やタキシード姿のクラスメイトたちが
うさぎや犬の耳までつけて接客して回っていた。

あなた
すごいね、本当のカフェみたい
ユウ
忙しいけど超楽しいよ
あなたの幼馴染
この後二人もこっちに合流するんでしょ?
あなたの推し
うん。14時くらいに委員の仕事は手が空く
ユウ
期待してるよ、あなたの推し氏!!


ユウがあなたの推しにニヤリと笑いかける。

あなたの推しは面倒くさそうに
「はいはい」と受け流して視線を逸らした。



あなたの推しのタキシード姿は私は見ていないけれど、
衣装係のユウが言うには相当似合っていたらしい。


私とあなたの推しは大盛況で待ちまで発生している
カフェの状況を見て、
飲み物と持ち帰れるクッキーを買うことにした。

商品と一緒にもらった丸いシールを手に、
教室の壁中に貼られた「うちの子」写真の前に立つ。


壁の前ではみんなが楽しそうに
「うちの子」を見て笑っていた。

あなた
みんな楽しんでくれてるね
あなたの推し
そうだね


教室を見渡すあなたの推しの表情は柔らかくて、
私まで嬉しくなった。

あなたの推し
どの子に入れるの
あなた
そんなの、はんぺんに決まってる


私はあなたの幼馴染が貼ってくれたはんぺんを指さす。


壁に貼られたはんぺんの写真にはすでに
いくつかシールが貼ってあった。

あなた
ね、見て……!
はんぺんに貼ってくれた人がいる……!
あなたの推し
ほんとだ


私もシールを剥がして、すでに貼られたシールの横に、
飲み物とクッキー分の2枚を貼った。

あなた
あなたの推しくんが撮ってくれた写真が
良かったからだよ


ネモフィラの前で
目をキラキラさせたはんぺんを見ながら言うと

あなたの推し
そんなことない
あなたの推し
はんぺんがかわいいからだよ


とあなたの推しが小さく笑った。


私が「かわいい」って言われたわけじゃないのに、
さっき、あなたの推しに「かわいい」と言われたことを
思い出して頬が熱くなった。



……ただ、からかわれただけなのに。



私だけがいつもあなたの推しの言葉にドキドキして、
思い出して、揺さぶられている。

あなた
……あなたの推しくんはどの子に入れるの?


熱くなった頬を誤魔化すみたいに、
あなたの推しにそう聞いた。

あなたの推し
俺も、はんぺん


あなたの推しはそう言って、私が貼ったシールの隣に、
シールをふたつ付け足した。

あなたの推し
……本物のはんぺんのほうがもっと可愛いけど


あなたの推しが私の方を見て、
秘密を共有するみたいに小さな声で囁いて
クスリと笑った。



その親しげな笑顔に私はまた、
何も言えなくなってしまう。


そんなふうに笑いかけてくれる意味を
知りたくなってしまう。




……きっと、意味なんてないのに。




✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼




•.\ Thank you for reading ! /.•



ここまでお読みいただきありがとうございます 🧸*。

もし少しでも「おもしろかった!」と思っていただけたら、
ハートやお気に入り登録をしていただけると嬉しいです……!⊹˚.
ぽちっとひとつの応援が、とても励みになります。(ᐡ •͈ ·̫ •͈ ᐡ)つ♡

そして感想も、ぜひ気軽にお寄せくださいっ ✉️🕊️ ₊˚ෆ
「このセリフが好き!」「このシーンが印象に残った!」
そんなひとことだけでも、とっても嬉しいです🌷

いただいたお声を励みに、これからも更新がんばります𓂃𓈒𓏸 ·₊˚˖˙⊹ˑ




---


作品は他プラットフォームでのコンテスト応募や公募賞への投稿も
視野に入れて執筆しています。
そのため、設定/展開/台詞/表現の流用、模倣、参考はお控えください🙇‍♀️

プリ小説オーディオドラマ