もうここまで言われると諦めるしか無かった。
本名が柚稀ってのは拓哉とか颯斗とか…朔にも教えたから親しい人はまぁ知ってる。
でも、“漣”って名字は一度も口にしたことがない。
クソジジイの子供だって自覚させられるから。
停電が終わってリビングに光が戻る。
俺は馬乗りになっていた睦希から退くと、隣に体育座りで座って顔を腕に押し付けた。
涙腺崩壊したのか止まれという意思に反して流れ続ける涙を指で拭いながらそう呟く。
俺みたいに流れているわけじゃない。
じんわりと浮かんでいて、今にも泣きそうといった方が正しく表現しているだろうか。
舌打ちを我慢して長い溜息を零す。
…これからどうしようか。
色々と知り過ぎた睦希を野放しにするのは良くない。
でも、俺がまだ甘いせいで殺すことが出来ない…
生かして利用か、鬼になって殺すか……
その言葉に睦希の目を擦る手が止まった。
これが口封じをしたい相手…自殺願望を抱き続ける睦希に与えられる最大限の選択肢だ。
机の上に置いていたコップを取り、廊下に繋がるドアを開ける。
すぐに出て行こうとしたが、立ち止まると俺は睦希に背を向けたまま…
…とだけ言い残すと俺は琉依の部屋へと戻った。
座ったところでいつの間にか雨の音が聞こえなくなったことに気が付き、玄関のドアが開く音と琉依達の声がする。
………取り敢えず、戻すか。
両目の目元を押さえて小さく息を吐く。
俺は泣いていない、涙はもう出ない、いつも通り。
そう心の中で唱えると壊れたように流れ続けていた涙はピタリと止まった。
立ち上がり、琉依の後を追う。
さっきのでどっと疲れたけど…何とか演じ切ろう。
で、さっさと帰って寝て、スタミナ回復…
取り敢えず、睦希については一段落。
あとはアイツの選択次第で生きるか死ぬかが決まるだけだから特に心配することはない。
手伝うを選べば生きる、死を選べば殺す。
どちらにしても俺にとっては簡単なこと。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!