第68話

悲しみ
582
2020/05/16 11:00
俺は左目に触れ、常につけている黒のカラーコンタクトを外しケースに戻す。
そして、スマホをいじりSNSでケーキの写真を上げた錬のアカウントを出し、朔に見えるようにスマホの向きを変えると顔を上げた。

ずっと下を向いていた俺と目が合うと、朔は驚いたように俺の左目を見つめる。
天喰 朔
ずっと探していた人がこんな近くにいたなんて…錬君でもある柚さんに出逢えて嬉しいです。
変な目を向けるわけでもなく。
本当ですか?と疑う様子もなく。
男なのか女なのかと聞くこともなく。

……朔はただ俺と出逢えて嬉しいと笑った。
黒崎 柚
君は不思議な人だね…
天喰 朔
そうですか?
黒崎 柚
うん。いないよ、そんなこと言う奴。
天喰 朔
柚さんの周りが嬉しくないとしても、僕は周りと違って嬉しいですから。
黒崎 柚
まぁ、それなら良いけど……
天喰 朔
どうして隠してたんです?
黒崎 柚
“普通”になりたかったから。結局、小学校の頃とあまり変わらないけどさ。小学校の時と変わったことと言えば、仲良い人を作らないようにしたから巻き込まれる人がいなかったことくらい。
周りの人が聞いたら馬鹿にしてるって言うかもしれないけど、俺は真面目に普通の人になりたかった。
何気ない日々を過ごして、何気ないことで誰かと盛り上がったりして、未来に希望を持って突き進む…少し羨ましい。

声にしないだけで役に対する妬みの眼差しを周りから常に向けられて、子供なのに業界の話ばかりされて、決まった真っ暗な未来にただ歩くだけ。
そんなのつまらない。

この世界に希望なんてなかった。
あるのは人と人との間に渦巻く闇だけ。
言葉にしなくても目はちゃんと教えてくれる。
黒崎 柚
…あの時、朔が言ってたこと痛いくらいに分かる。俺もそうだったから。来るなって何回も言ったのにそいつ、ずっとついてくるんだよ。で、話すようになってそれが当たり前になった時、全てが壊された。三室姫華と峰本沙月によって。
握り拳に力を入れ、無意識のうちに歯軋りをする。
あの面を思い出すだけで殺意が湧いて止まない。
アイツらの居場所さえ分かれば、すぐにでも殺しに行きたい気分だ。

すると、朔が首を少し傾げる。
天喰 朔
三室さんと峰本さん……あっ!僕、少年院にいる時、彼女達もいました。
黒崎 柚
え?今、何処に行ったとか分かる?
天喰 朔
いえ、そこまでは…でも、確か峰本沙月さんってモデルになっていたような…
黒崎 柚
ちょっと待って。
SNSを閉じ、峰本沙月の名前を検索にかける。
すると、朔の言っていた通り、本当に読者モデルではあるけど、一応JCモデルになっていた。
顔は全然変わらない、写真の中で笑う峰本を見て俺の殺意はさらに高まっていく。
黒崎 柚
アイツ…のうのうと生きやがって……
天喰 朔
三室さんは少年院にいる間に名前を変えてました。あと何か記憶喪失なのか何なのかは分かりませんが、出ていく時凄い何でここにいたんだろう?…と言いたげな表情をしていましたね。
黒崎 柚
改名後の名前、分かる?
天喰 朔
え〜っと……上が桐山で…下が…桃香さんだったような気がします。曖昧なので間違ってたら申し訳ないですが。
黒崎 柚
……。
これを聞いたのが自分の部屋で一人だったら部屋の中にある何かを絶対に破壊している。
でも、結依と玲依の前でそんなことは出来ない。

ストレス発散を物に当たるという方法を耐えた結果、手に入る力だけが強くなり気付いた時には手のひらに血が滲み出していた。
桐山桃香?じゃあ、三室は名前変えて記憶喪失でるーを追い詰めたくせに普通に生きてるってことだよな?何でこっちが夢を見る度苦しんでんのにそんな生活を送りやがって……
天喰 朔
柚さん…?
黒崎 柚
……あっ…。
漣 玲依
お、お姉ちゃん?俺と結依、うるさくし過ぎた…?怒ってる?
漣 結依
ごめんなさい…
黒崎 柚
そういうつもりじゃ……
…少し悲しくなる。
何も関係ない2人をビビらせてしまった。

静かになってしまった部屋が俺には辛い。
さっきみたいに騒がしい中で言う分にはあまり気にしないのにこうなると気が重くなる。
黒崎 柚
………ご、めん…朔…ちょっとここで待ってて…少し頭冷やしてくる…
早く消えたい、そんな気持ちで俺は席を立つと俺にとって重苦しい部屋を出た。
人があまり来ない自販機の横の壁によっかかりながらしゃがみこむと、歯を食いしばり顔を腕に強く押し付ける。
黒崎 柚
何で…いつも、こんなことに……家族は幸せにしたいのに……
三室達に対する怒りと結依達に対する悲しみがぐちゃぐちゃに混ざって俺を苦しめる。
言葉に出来ない今の状態に動けないでいると、こっちに近付いてくる話し声が聞こえてきた。
藤川 仁
あー、勉強辛っ…
源 涼真
仁って私立希望だったよな。
藤川 仁
ん、そう。だから、正直こんな勉強しなくても入れる。
源 涼真
羨ましいわー、俺公立だか…うわっ!!だ、誰だこれ…
藤川 仁
知るか。ったく、邪魔だわ…
黒崎 柚
っ……
頬に強い衝撃を受けて、その直後に砂糖の匂いがする液体をかけられる。
仁が蹴って、涼真がコーラか何かをかけたのだろう。

…こんなことに反抗する気力は今の俺にはない。
痛い。
思ったのはそれだけだった。

2人の声が消えて、静かな時間がやってくる。
コーラで頭が冷えて丁度いいなんて壊れたことを考えながら俺は沢山の辛さを噛み締める。

るーが消えた辛さ。
三室姫華と峰本沙月が今、普通に生きてる辛さ。
結依と玲依にあんな心配をさせてしまった辛さ。
朔に話すって言ったのに逃げ出した辛さ。

頑張りたいのに全てが嫌になる。
好きになりたいのに、この世界の全てを嫌いになる。

俺の存在さえ憎くなってくる。
???
…柚?
不意にそう誰かに声をかけられ、俺は見られないように左目を押さえると顔を上げた…。

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