家に帰った俺は買った菓子を結依に渡して、たまたま居合わせたクソジジイと一戦交えた後に自分の部屋へと戻っていた。
本当ならお菓子を一緒に食べて、宿題とかを見てあげたかったが、ちょっとやりたい事が出来たのだ。
机に一華と彗の鶴を灰皿の上に置き、その横に一本のマッチを置く。
昔から使っているスマホを触り、ある人に電話をかけ呼出音が鳴ったところで俺は今日初めて椅子に座った。
俺が電話をかけたのは唯我だった。
唯我は一緒に笑顔を届けた同期の仕事仲間。
小学校を卒業すると同時に唯我もテレビから消えた。
俺のやりたいことが報復だなんて言えるわけない。
電話を切り、スマホを机の上に置く。
置いてあったマッチを手にした俺は灰皿の上に乗っている二羽の鶴に火をつけた。
燃えていく鶴を眺めて、まだまだ残る千羽鶴へと視線を移す。
まだ半分もいってない…もっと頑張らないと…
てか、手伝ってくれるって言っていた朔に電話番号とか連絡先とかを聞かなかったの失敗過ぎる…
特に必要ない百鬼先生のは知ってんのに…
次の報復相手に頭を悩ませていると、後ろからガチャという音がした。
悠翔がいなくなり、俺は風呂の準備をする。
さっきクソジジイと揉めたばかりだから嫌な予感しかしないが、入らないといけないししょうがない。
やっぱり…
シャワーを浴びる中、鏡に映るのは青痣だらけの体。
容赦のないクソジジイの拳は中3女子の体をフルボッコにして青くした。
正直、日焼け対策なんかよりもこの痕を隠したいから長袖長ズボン生活をしている。
人に見られたら引かれるのは勿論、心配されて変に探られてそれをやったのがあの漣和久だとなったら、お母さんや悠翔達に迷惑がいく。
風呂を上がったら洗面所の曇っていない鏡に自分の体が映り、風呂場の鏡よりもさらに痣の色が鮮やかに映えて見えた。
軽く溜息を零しながら、鏡を睨むと俺はタオルを取って長い髪を拭き始める。
…それは何故か出来なかった。
この歳になっても未だに揉めて殴り合いになるし、きっとこれからもこれは変わらない。
校内で唯一親のことを知る先生に相談したところで、プライベートの時に言いふらす可能性がある。
結局、この揉め事を相談する人もいなければ、頼れる人もほぼいない。
まぁ…体を誰にも見せずに過ごす、それさえ守っていれば悠翔達の平穏が揺るぐことはないし、俺も傷つかない。
何かよく分からない人生で変な感じだ…
取り敢えず、腕が殆どだから長袖着とけば下は半ズボンでも問題ないか…
風呂って体を洗ってキレイさっぱりになるはずなのにいつも考え事をしてしまい、変な気分になる。
何も考えない方が幸せなのかもしれない。
他のことを考えようとした時、ふと沖縄を思い出す。
そして、次に思い出したのは海だった。
ここら辺には海がない。
海はないけど…プールはある。
夏なら誰か1人くらいプールに行くんじゃないか?
良いことを思いついた俺は髪の毛をわしゃわしゃとタオルで搔くように拭くと、服を着て髪の毛を乾かさないまま廊下へ。
階段を駆け登り、ドアを短くノックすると勢い良く開けた。
想像以上の終わって無さに溜息を零すと、俺は階段を今度は駆け下りて自分の部屋からリュックを掴み棚からファイルを取ると、また部屋へと戻る。
そして、中身を机の横に置いて睦希がまだ終わっていない宿題を出した。
ファイルから取り出したのは『4年2組 黒崎錬』と書かれた1つの読書感想文。
表彰されたことは覚えているけど、これを書いたのがるーがいなくなって精神状態ぐらぐらの時だったから何を書いたのかは全く記憶にない。
まぁ、読んだやつなんて先生以外にいないだろうし、書いたのも絵本じゃなくて文学作品だからいける。
るーが消えた時、叫びたくて堪らなかった。
でも、そんなこと出来なくて。
素直になっていいだろう家でも家族に心配させるのが嫌で怒りを表に出さないようにしまい込み、ただ苦痛に耐え続けた。
人の傷口を抉りに来るウザったく執拗いマスコミにも本心ではない綺麗事を並べた。
本当なら「最低最悪の奴らは死ぬべき。」とでもカメラの前で言ってやりたかった。
表に出せない怒りは常に俺の奥にいる。
それをただ見ないようにしているだけ。
世にいう現実逃避、現実から目を逸らすことは全然ないけど…俺はいつも自分から目を逸らす。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。